関ヶ原の書いた二次小説を淡々と載せていくブログです。
過度な期待はしないでください。
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ハッピー! バレンタイーン!
降雪量も段々と少なくなり、春が近いのを感じている関ヶ原です。
毎年恒例のバレンタインイラスト描いたんですが、描いてるうちに思いついた小話を投稿でもしようかなと思ったわけです。
愛も変わらず駄文ですが、よろしければどうぞご覧いただければ!
…
「やってしまった……」
閑散とした生徒会室に、一人、少女の力のない声が響く。
少女の眼前の机には、お世辞にも一人でこなすには少なくない書類の束が積まれている。
しかし、少女にその書類の束は然程問題には映っていない。
それよりも重要な事を見落としていた自分に、やるせない怒りと虚しさを覚えているのである。
「今日って……バレンタインじゃない……!」
…
2月14日。世で言うバレンタインである。
想い人にチョコとともに自分の秘めた想いを伝える日、とも言える。
近年では「友チョコ」や「逆チョコ」と、これまでのバレンタインと一風変わった性質も持ち始めてはいるが、世の中のイメージではやはり「告白」に結び付けることが大半であろう。
そう、「告白」である。
想い人に「想い」を伝える日。
それ故、バレンタインになると、こと学生においては普段とは一味違った姿が散見される。
それは昇降口で、教室で、学校によっては屋上で。
密かな期待と願いを込めながら、その日一日、落ち着かない時間を過ごすのである。
「なんていうことなの……!?」
前ページで大量の書類を露ともせずに呟いていた少女、桂ヒナギクにとってもそれは関係のない話ではなかった。
察しの良い数少ない読者の皆様ならば既にお察しのことであろうが、そう。
この少女、完全無欠と言われながら、バレンタインのことをすっかり失念していたのである。
時刻は朝の八時。
今は二月の中旬である。バレンタインであることも確かなのだが、ここ白皇学院ではそれよりも重要なイベントが来月控えている。卒業式である。
毎年多くの優秀な卒業生を輩出するここ白皇学院では、イベント事においても常に全力である。
ただのひな祭りを「ひな祭り祭り」と繰り返した挙げ句、ほぼ全生徒を巻き込んで盛り上げる程度には、全力である。
ともあれば当然、卒業式ともなれば力の入れようは言うまでもなく、全校生徒を巻き込んで、そしてその中心となるのはここ、生徒会である。
ヒナギクは文句のつけようのない非常に優秀な生徒だ。生徒はもちろん、教師陣からの信頼もその慎ましげな胸に反比例して非常に厚い。
「ヒナギクに任せれば大体オッケー」とは、教師陣の総意だった。しかも、実姉がその先陣を切っているのだからなおさらタチが悪い。
そういった背景もあって、ここ数週間、ヒナギクは繁忙の日々を送っていたのである。
一つ仕事を終えれば、三倍となって仕事が追加される。優秀故に、その仕事の量は学生の範疇を超えていた。
「不覚だわ……! 私としたことが……!」
教師にクレームどころか、職員室に乗り込んで暴れても文句は言えないだろうに、その文句の一つも言わずに期日をしっかりと守るヒナギクは流石完全無欠と言われるだけある。
だからこそ失念していた。
眼前の仕事を終らせることだけ考えていたあまり、2月の重要イベントが頭から抜けてしまったのだ。
ヒナギクは室内の時計を見る。
時刻は八時。間もなく生徒たちが登校してくる。
一限目の授業も始まるだろうし、今からチョコレートを手作りする時間はない。
「……どうしよ」
ヒナギクにとって初恋の相手にチョコレートを送るというのは、全校生徒の前でスピーチするよりも、苦手な高所でダンスをすることよりも勇気のいることだった。
だからこそ、少しでもその勇気の後押しができるよう、バレンタインには手作りチョコを上げようと考えていたのである。
しかし新年を迎え、学校が始まってからというもの、忙しさは拍車を掛け続けるばかりで、そんな考えは仕事の波の中に消えていた。
少し高いチョコでも、と考えてはみたものの、この無駄に大きな学院は、比例して敷地も馬鹿みたいに広い。
仮に昼休みにチョコを買おうとしたところで、店に行くまでに時間がかかりすぎる。
ともなれば、導かれる答えは一つである。
「仕方ないわ。売店で買うしかないわね……」
これは自業自得。忙しさを理由に自分の気持をないがしろにした自分へのバツだと、ヒナギクは肩を落としたのであった。
…
さて、小話ということで時は進む。
時は早いもので、その日の放課後。場所は書き手にとって何かと都合の良い生徒会室。
昼休みの間に虚しさと財布を手に購入した簡素なチョコレートを傍らに置きながら、ヒナギクは仕事を進めていた。
「結局こんなチョコしか用意出来なかったわね」
書物が一段落ついたところで、ため息を一つ、ヒナギクは購入したチョコレートを見る。
黒茶色の長方形の箱に、ピンク色のリボンが簡単に巻かれたもの。お世辞にも本命チョコとは呼べるものではない。
実際、売店のポップにも「義理用」とデカデカと記載されていた。
「どう見ても義理よね」
つん、とヒナギクは箱をつついた。
少し前までは今日こそ想いを伝えようと意気込んでいたのに、どうしてこうなったのだろうか。
仕事の忙しさは理由にならない。ゆとりが持てなかった自分の責任だ。
正義感の強すぎるヒナギクは、どうしてもそう考えてしまう。
そしてそのネガティブな感情は、この後の展開を考えてしまうことで更に増す。
「どうしてそんな日に限って手伝いを頼んでしまったのよぉぉぉぉぉ!?」
そうなのである。実はこの後、生徒会室にはヒナギク以外にもうひとり訪れる予定となっている。
想い人の綾崎ハヤテだ。
連日忙しいヒナギクを見て、ハヤテの方から声を掛けてきたのだ。
『忙しそうですね。僕で良ければ力になれればと思いまして』
『本当!? すっごく助かる!』
『いつ頃がよろしいですか?』
『そうね……。14日にでかさなきゃいけない仕事が多いから、その日にお願いしても良いかしら?』
『分かりました! 放課後お邪魔させてもらいます』
「私のバカ! アホ! 雪路!」
ハヤテは非常に優秀だ。こと仕事の段取りを始め、ヒナギクの考えを読んでいるかのように段取り良くサポートしてくれる貴重な存在である。
他の生徒会役員がアレであるからに、よりその優秀さが際立って見えた。
だからこそ、そんなハヤテの申し出はヒナギクにとって渡りに船であった。
期日は守れているし、遅れはない。だからといって楽なわけではない。
優秀な人間が一人いるのといないのでは大違いである。
ハヤテの申し出には感謝しかないが、考えなしにノータイムでOKを出した自分を叩きたくなる。
よりにもよって14日。バレンタインの14日。
数日前までは有難かったハヤテの存在が、今は悩みのタネでしかない。
ハヤテはモテる、と思う。
主であるナギをはじめ、マリア、歩、そして恐らく泉。
当然今日一日で、誰かしらからチョコレートをもらっているはずである。そしてそれは心の籠もった手作りだ。
仮にヒナギクが本命だとこのチョコを渡しても、どうしても前者に比べられてしまうことは必至。
恋愛に関しては鈍感なハヤテのことだ。きっと冗談だと流されてしまうに違いない。
「……仕方ないか。ハヤテ君が来たら素直に渡そ」
だがそれは、ヒナギクが招いてしまったことだ。受け入れるしかない。
今年のバレンタインは諦めて、来年に託そう。
ヒナギクがそう決意を固めた時、生徒会室のドアがノックされた。
「失礼します。ヒナギクさん居ますか?」
「はい、どうぞ!」
遠慮がちにドアが開かれ、奥からハヤテが顔を覗かせた。
「遅くなってすみません。日直だったもので」
「全然! むしろ生徒会関係ないのに手伝ってもらってごめんね?」
「いえ、それは全然。お嬢様も今日は学校を休まれたので暇でしたし」
大丈夫ですよ、と言いながらハヤテはソファに腰掛けた。
「え? ナギ休みだったっけ?」
「ええ。朝起きたらカユラさんと千桜さんに連れて行かれました」
なんでも同人誌の作業が遅れてるとか、と苦笑いを浮かべながらハヤテは話を続ける。
「マリアさんも昨日、お爺さんから連れて行かれましたし、今日は一人で行動してましたよ」
「そ、そうなのね……」
まさかマリアまで、とヒナギクは思ったが、ナギのお爺さんのことだ。
「マリアのチョコが欲しいぃぃぃぃ」と駄々をこねる姿が容易に想像出来た。
(あれ? ちょっと待って)
そこで、ヒナギクはとある可能性に気づく。
「じゃあ今日、ハヤテ君はナギにもマリアさんにも会ってないの?」
「会ってないと言えば語弊あるのですが、実質会ってないですね。お嬢様は朝の挨拶した瞬間連れて行かれましたし」
「あはは……」
乾いた笑いを返しつつ、ヒナギクの思考は加速する。
(ということは、ハヤテ君は)
――チョコを、貰っていない……?
ナギ、マリア。
ハヤテにチョコレートを渡す可能性が一番高い二人と接触していないとなると、その可能性はグッと上がる。
「で、でも学校に来たら誰かしらと行動するんじゃないかしら?」
「いやー……僕もそうだと思ったんですがね?」
「ん?」
「泉さん達と話そうかなって思ったんですけど、先生に見つかった瞬間どこかに連行されまして」
「それは残念でもなく当然ね」
「伊澄さんはしばらく姿を見てません。恐らく咲夜さんも一緒ですね」
それは恐らく蝶々を追いかけて県を越えているだろう。北国にでもいるのかもしれない。
「西沢さんからは朝メールが来ていたんですが、なんでも風邪を引いてしまったとかで。『39度の想いを込めてこのメールを送ります』と不可解なメールが」
「歩ッ……!」
恐らく精いっぱいのメールだったであろう渾身のメールに、思わず涙が滲む。ハヤテの不幸体質が移ったかのような不運である。
ともあれ、これではっきりとした。
(ハヤテ君、今日はチョコ貰ってない……ッ!)
予想外の展開に、思わずヒナギクの手が汗ばむ。
ド本命チョコを複数貰っていたと踏んでいたが、実は一つも貰っていない。
つまり、
(私が一番手……ッ!)
こと採点のある競技において、一番手というのは採点の基準となる。それ故、不利な部分も多い。
しかし、バレンタインではどうだろうか。
恋は戦である。先手必勝。スピードがモノを言う。
某戦場なヶ原さんも、スピードを活かして想い人をモノにしている。
ライバルの多い想い人。しかもその想い人はチョコレートを一つも貰っていない状態。
そしてヒナギクが持つウェポンは、ポップにデカデカと『義理』と書かれていた市販のチョコレートである。
本命チョコを複数受け取った後であれば、そのチョコは既に敗北宣言したも同然。
ああ、義理なんだな、と思われて終わり……ッ!
しかし、これがファーストチョコレートならどうだろう。義理チョコが基準点。当然、本命チョコを渡した後者が有利である。
だが、だ。
(ここで、本命だって伝えたら……?)
そう。スピード。ファーストコンタクト。
義理チョコと思わせつつ、言葉で本命と伝えたらそれはどうなるだろうか。
わからない。だからこそ、やってみる価値はある。
圧倒的不利と思われた今回のバレンタイン。それが、様々な要因が重なり、有利に働いている、かもしれない。
ともなればいくしかない。ここで行かなければヒナギクらしくない。
「は、ハヤテ君!」
「はい、なんでしょう」
テーブルに積まれた書類に目を通していたハヤテの視線がヒナギクに向けられる。
急に大きな声を出されて、その瞳には少しばかり驚きが見られた。
「じ、実は渡したいものがあるの!」
「え?」
ヒナギクはそう言うと、傍らのチョコレートを手に掴む。
「きょ、今日はバレンタインよね?」
「あ、そうですね! 14日ですものね」
「だから……これ……」
チョコ、と言いかけて、ヒナギクはためらってしまった。
本当に渡していいのか、と。
しかし。
「…………」
「ヒナギクさん?」
「……ええい!」
いつまでウジウジ悩んでいるのか。もうなるようになれ!
心の中で自棄になりなりつつ、思わず左手に掴んだまま後ろに隠してしまったその箱を、ヒナギクは想い人に差し出す。
「うわぁ、ありがとうございます! まさかヒナギクさんに貰えるなんて!」
「ぎ、義理だけどね!」
照れ隠しで思わずそう返してしまう自分に頭を抱えたくなった。
「義理でも充分嬉しいです! 今年、貰えないかと思ったので!」
「も、もう……義理なのに大げさね……」
やはりハヤテは一つもチョコを貰っていなかったようだ。
ハヤテは心の底から嬉しそうに、ヒナギクのチョコに視線を向けた。
それがヒナギクには意外だった。
ナギ、マリア、泉、そして歩。
ヒナギクが思いつくだけでもこれだけの女の子たちが、目の前の彼に好意を寄せている。
ライバルの背中を押すわけではないが、ハヤテ君はもっと自信を持っていい、必ず誰かからチョコレートを貰えるはずと、ヒナギクが口を開きかけた時、
「そうではなくて。ヒナギクさんからチョコを貰えるっていうことが何より嬉しいんですよ」
何人から貰えたとかじゃなくて、とハヤテは言った。
ヒナギクの開きかけた口が、動かなくなった。
「…………」
それは流石にずるい。
本当にずるい。
誰でもない、想い人から、心から嬉しそうな表情でそんなことを言われてしまったのである。
(そんなこと言われたら、素直になるしかないじゃない……!)
顔が熱を帯びていくのが分かる。これから口にすることは、火が出るくらい恥ずかしい。
それでも、言葉にしなければ、自分がどうにかなってしまいそうだった。
本日何度目かの決意を固め、ヒナギクはハヤテに目を向けた。
「ハヤテ君!」
「――ッ!? は、はいッ!?」
ハヤテの視線がこちらに向けられ、互いの目と目が合う。
「…………」
「…………」
互いに視線を交わし、無言。
恥ずかしさのあまり、顔がこわばっていくのが分かる。
「あ、あの、ヒナギクさん……?」
「…………」
余程とんでもない顔をしていたのか、額に汗を浮かびながら、気遣うようなハヤテの声がヒナギクに掛けられる。
「…………」
恥ずかしくて、言葉が出ない。
この言葉を口にしてしまったら、もう後には戻れない。そんな予感がヒナギクにはあった。
だが、応えなければならない。
バレンタインを失念し、チョコレートを作ることすら忘れた自分なんかに、ここまで喜んでくれた彼の気持ちに、最大限応えなければならない。
「ハヤテ君!!」
「は、はいッ!」
また一つ大きな声で大好きな人の名前を呼び、ヒナギクは、告げた。
想いを告げた。
「買ったチョコは義理だけど!」
「私の貴方への気持ちは、大本命だから!!」
「勘違いしないでよね!!!!」
その後彼女らがどうなったのかは、言うのは野暮というものだが、
ただまあ、一つ言えるとすれば。
二人だけの生徒会室は、チョコレートとは明らかに違う、甘い雰囲気が漂っていた。
終われ。
降雪量も段々と少なくなり、春が近いのを感じている関ヶ原です。
毎年恒例のバレンタインイラスト描いたんですが、描いてるうちに思いついた小話を投稿でもしようかなと思ったわけです。
愛も変わらず駄文ですが、よろしければどうぞご覧いただければ!
…
「やってしまった……」
閑散とした生徒会室に、一人、少女の力のない声が響く。
少女の眼前の机には、お世辞にも一人でこなすには少なくない書類の束が積まれている。
しかし、少女にその書類の束は然程問題には映っていない。
それよりも重要な事を見落としていた自分に、やるせない怒りと虚しさを覚えているのである。
「今日って……バレンタインじゃない……!」
…
2月14日。世で言うバレンタインである。
想い人にチョコとともに自分の秘めた想いを伝える日、とも言える。
近年では「友チョコ」や「逆チョコ」と、これまでのバレンタインと一風変わった性質も持ち始めてはいるが、世の中のイメージではやはり「告白」に結び付けることが大半であろう。
そう、「告白」である。
想い人に「想い」を伝える日。
それ故、バレンタインになると、こと学生においては普段とは一味違った姿が散見される。
それは昇降口で、教室で、学校によっては屋上で。
密かな期待と願いを込めながら、その日一日、落ち着かない時間を過ごすのである。
「なんていうことなの……!?」
前ページで大量の書類を露ともせずに呟いていた少女、桂ヒナギクにとってもそれは関係のない話ではなかった。
察しの良い数少ない読者の皆様ならば既にお察しのことであろうが、そう。
この少女、完全無欠と言われながら、バレンタインのことをすっかり失念していたのである。
時刻は朝の八時。
今は二月の中旬である。バレンタインであることも確かなのだが、ここ白皇学院ではそれよりも重要なイベントが来月控えている。卒業式である。
毎年多くの優秀な卒業生を輩出するここ白皇学院では、イベント事においても常に全力である。
ただのひな祭りを「ひな祭り祭り」と繰り返した挙げ句、ほぼ全生徒を巻き込んで盛り上げる程度には、全力である。
ともあれば当然、卒業式ともなれば力の入れようは言うまでもなく、全校生徒を巻き込んで、そしてその中心となるのはここ、生徒会である。
ヒナギクは文句のつけようのない非常に優秀な生徒だ。生徒はもちろん、教師陣からの信頼もその慎ましげな胸に反比例して非常に厚い。
「ヒナギクに任せれば大体オッケー」とは、教師陣の総意だった。しかも、実姉がその先陣を切っているのだからなおさらタチが悪い。
そういった背景もあって、ここ数週間、ヒナギクは繁忙の日々を送っていたのである。
一つ仕事を終えれば、三倍となって仕事が追加される。優秀故に、その仕事の量は学生の範疇を超えていた。
「不覚だわ……! 私としたことが……!」
教師にクレームどころか、職員室に乗り込んで暴れても文句は言えないだろうに、その文句の一つも言わずに期日をしっかりと守るヒナギクは流石完全無欠と言われるだけある。
だからこそ失念していた。
眼前の仕事を終らせることだけ考えていたあまり、2月の重要イベントが頭から抜けてしまったのだ。
ヒナギクは室内の時計を見る。
時刻は八時。間もなく生徒たちが登校してくる。
一限目の授業も始まるだろうし、今からチョコレートを手作りする時間はない。
「……どうしよ」
ヒナギクにとって初恋の相手にチョコレートを送るというのは、全校生徒の前でスピーチするよりも、苦手な高所でダンスをすることよりも勇気のいることだった。
だからこそ、少しでもその勇気の後押しができるよう、バレンタインには手作りチョコを上げようと考えていたのである。
しかし新年を迎え、学校が始まってからというもの、忙しさは拍車を掛け続けるばかりで、そんな考えは仕事の波の中に消えていた。
少し高いチョコでも、と考えてはみたものの、この無駄に大きな学院は、比例して敷地も馬鹿みたいに広い。
仮に昼休みにチョコを買おうとしたところで、店に行くまでに時間がかかりすぎる。
ともなれば、導かれる答えは一つである。
「仕方ないわ。売店で買うしかないわね……」
これは自業自得。忙しさを理由に自分の気持をないがしろにした自分へのバツだと、ヒナギクは肩を落としたのであった。
…
さて、小話ということで時は進む。
時は早いもので、その日の放課後。場所は書き手にとって何かと都合の良い生徒会室。
昼休みの間に虚しさと財布を手に購入した簡素なチョコレートを傍らに置きながら、ヒナギクは仕事を進めていた。
「結局こんなチョコしか用意出来なかったわね」
書物が一段落ついたところで、ため息を一つ、ヒナギクは購入したチョコレートを見る。
黒茶色の長方形の箱に、ピンク色のリボンが簡単に巻かれたもの。お世辞にも本命チョコとは呼べるものではない。
実際、売店のポップにも「義理用」とデカデカと記載されていた。
「どう見ても義理よね」
つん、とヒナギクは箱をつついた。
少し前までは今日こそ想いを伝えようと意気込んでいたのに、どうしてこうなったのだろうか。
仕事の忙しさは理由にならない。ゆとりが持てなかった自分の責任だ。
正義感の強すぎるヒナギクは、どうしてもそう考えてしまう。
そしてそのネガティブな感情は、この後の展開を考えてしまうことで更に増す。
「どうしてそんな日に限って手伝いを頼んでしまったのよぉぉぉぉぉ!?」
そうなのである。実はこの後、生徒会室にはヒナギク以外にもうひとり訪れる予定となっている。
想い人の綾崎ハヤテだ。
連日忙しいヒナギクを見て、ハヤテの方から声を掛けてきたのだ。
『忙しそうですね。僕で良ければ力になれればと思いまして』
『本当!? すっごく助かる!』
『いつ頃がよろしいですか?』
『そうね……。14日にでかさなきゃいけない仕事が多いから、その日にお願いしても良いかしら?』
『分かりました! 放課後お邪魔させてもらいます』
「私のバカ! アホ! 雪路!」
ハヤテは非常に優秀だ。こと仕事の段取りを始め、ヒナギクの考えを読んでいるかのように段取り良くサポートしてくれる貴重な存在である。
他の生徒会役員がアレであるからに、よりその優秀さが際立って見えた。
だからこそ、そんなハヤテの申し出はヒナギクにとって渡りに船であった。
期日は守れているし、遅れはない。だからといって楽なわけではない。
優秀な人間が一人いるのといないのでは大違いである。
ハヤテの申し出には感謝しかないが、考えなしにノータイムでOKを出した自分を叩きたくなる。
よりにもよって14日。バレンタインの14日。
数日前までは有難かったハヤテの存在が、今は悩みのタネでしかない。
ハヤテはモテる、と思う。
主であるナギをはじめ、マリア、歩、そして恐らく泉。
当然今日一日で、誰かしらからチョコレートをもらっているはずである。そしてそれは心の籠もった手作りだ。
仮にヒナギクが本命だとこのチョコを渡しても、どうしても前者に比べられてしまうことは必至。
恋愛に関しては鈍感なハヤテのことだ。きっと冗談だと流されてしまうに違いない。
「……仕方ないか。ハヤテ君が来たら素直に渡そ」
だがそれは、ヒナギクが招いてしまったことだ。受け入れるしかない。
今年のバレンタインは諦めて、来年に託そう。
ヒナギクがそう決意を固めた時、生徒会室のドアがノックされた。
「失礼します。ヒナギクさん居ますか?」
「はい、どうぞ!」
遠慮がちにドアが開かれ、奥からハヤテが顔を覗かせた。
「遅くなってすみません。日直だったもので」
「全然! むしろ生徒会関係ないのに手伝ってもらってごめんね?」
「いえ、それは全然。お嬢様も今日は学校を休まれたので暇でしたし」
大丈夫ですよ、と言いながらハヤテはソファに腰掛けた。
「え? ナギ休みだったっけ?」
「ええ。朝起きたらカユラさんと千桜さんに連れて行かれました」
なんでも同人誌の作業が遅れてるとか、と苦笑いを浮かべながらハヤテは話を続ける。
「マリアさんも昨日、お爺さんから連れて行かれましたし、今日は一人で行動してましたよ」
「そ、そうなのね……」
まさかマリアまで、とヒナギクは思ったが、ナギのお爺さんのことだ。
「マリアのチョコが欲しいぃぃぃぃ」と駄々をこねる姿が容易に想像出来た。
(あれ? ちょっと待って)
そこで、ヒナギクはとある可能性に気づく。
「じゃあ今日、ハヤテ君はナギにもマリアさんにも会ってないの?」
「会ってないと言えば語弊あるのですが、実質会ってないですね。お嬢様は朝の挨拶した瞬間連れて行かれましたし」
「あはは……」
乾いた笑いを返しつつ、ヒナギクの思考は加速する。
(ということは、ハヤテ君は)
――チョコを、貰っていない……?
ナギ、マリア。
ハヤテにチョコレートを渡す可能性が一番高い二人と接触していないとなると、その可能性はグッと上がる。
「で、でも学校に来たら誰かしらと行動するんじゃないかしら?」
「いやー……僕もそうだと思ったんですがね?」
「ん?」
「泉さん達と話そうかなって思ったんですけど、先生に見つかった瞬間どこかに連行されまして」
「それは残念でもなく当然ね」
「伊澄さんはしばらく姿を見てません。恐らく咲夜さんも一緒ですね」
それは恐らく蝶々を追いかけて県を越えているだろう。北国にでもいるのかもしれない。
「西沢さんからは朝メールが来ていたんですが、なんでも風邪を引いてしまったとかで。『39度の想いを込めてこのメールを送ります』と不可解なメールが」
「歩ッ……!」
恐らく精いっぱいのメールだったであろう渾身のメールに、思わず涙が滲む。ハヤテの不幸体質が移ったかのような不運である。
ともあれ、これではっきりとした。
(ハヤテ君、今日はチョコ貰ってない……ッ!)
予想外の展開に、思わずヒナギクの手が汗ばむ。
ド本命チョコを複数貰っていたと踏んでいたが、実は一つも貰っていない。
つまり、
(私が一番手……ッ!)
こと採点のある競技において、一番手というのは採点の基準となる。それ故、不利な部分も多い。
しかし、バレンタインではどうだろうか。
恋は戦である。先手必勝。スピードがモノを言う。
某戦場なヶ原さんも、スピードを活かして想い人をモノにしている。
ライバルの多い想い人。しかもその想い人はチョコレートを一つも貰っていない状態。
そしてヒナギクが持つウェポンは、ポップにデカデカと『義理』と書かれていた市販のチョコレートである。
本命チョコを複数受け取った後であれば、そのチョコは既に敗北宣言したも同然。
ああ、義理なんだな、と思われて終わり……ッ!
しかし、これがファーストチョコレートならどうだろう。義理チョコが基準点。当然、本命チョコを渡した後者が有利である。
だが、だ。
(ここで、本命だって伝えたら……?)
そう。スピード。ファーストコンタクト。
義理チョコと思わせつつ、言葉で本命と伝えたらそれはどうなるだろうか。
わからない。だからこそ、やってみる価値はある。
圧倒的不利と思われた今回のバレンタイン。それが、様々な要因が重なり、有利に働いている、かもしれない。
ともなればいくしかない。ここで行かなければヒナギクらしくない。
「は、ハヤテ君!」
「はい、なんでしょう」
テーブルに積まれた書類に目を通していたハヤテの視線がヒナギクに向けられる。
急に大きな声を出されて、その瞳には少しばかり驚きが見られた。
「じ、実は渡したいものがあるの!」
「え?」
ヒナギクはそう言うと、傍らのチョコレートを手に掴む。
「きょ、今日はバレンタインよね?」
「あ、そうですね! 14日ですものね」
「だから……これ……」
チョコ、と言いかけて、ヒナギクはためらってしまった。
本当に渡していいのか、と。
しかし。
「…………」
「ヒナギクさん?」
「……ええい!」
いつまでウジウジ悩んでいるのか。もうなるようになれ!
心の中で自棄になりなりつつ、思わず左手に掴んだまま後ろに隠してしまったその箱を、ヒナギクは想い人に差し出す。
「うわぁ、ありがとうございます! まさかヒナギクさんに貰えるなんて!」
「ぎ、義理だけどね!」
照れ隠しで思わずそう返してしまう自分に頭を抱えたくなった。
「義理でも充分嬉しいです! 今年、貰えないかと思ったので!」
「も、もう……義理なのに大げさね……」
やはりハヤテは一つもチョコを貰っていなかったようだ。
ハヤテは心の底から嬉しそうに、ヒナギクのチョコに視線を向けた。
それがヒナギクには意外だった。
ナギ、マリア、泉、そして歩。
ヒナギクが思いつくだけでもこれだけの女の子たちが、目の前の彼に好意を寄せている。
ライバルの背中を押すわけではないが、ハヤテ君はもっと自信を持っていい、必ず誰かからチョコレートを貰えるはずと、ヒナギクが口を開きかけた時、
「そうではなくて。ヒナギクさんからチョコを貰えるっていうことが何より嬉しいんですよ」
何人から貰えたとかじゃなくて、とハヤテは言った。
ヒナギクの開きかけた口が、動かなくなった。
「…………」
それは流石にずるい。
本当にずるい。
誰でもない、想い人から、心から嬉しそうな表情でそんなことを言われてしまったのである。
(そんなこと言われたら、素直になるしかないじゃない……!)
顔が熱を帯びていくのが分かる。これから口にすることは、火が出るくらい恥ずかしい。
それでも、言葉にしなければ、自分がどうにかなってしまいそうだった。
本日何度目かの決意を固め、ヒナギクはハヤテに目を向けた。
「ハヤテ君!」
「――ッ!? は、はいッ!?」
ハヤテの視線がこちらに向けられ、互いの目と目が合う。
「…………」
「…………」
互いに視線を交わし、無言。
恥ずかしさのあまり、顔がこわばっていくのが分かる。
「あ、あの、ヒナギクさん……?」
「…………」
余程とんでもない顔をしていたのか、額に汗を浮かびながら、気遣うようなハヤテの声がヒナギクに掛けられる。
「…………」
恥ずかしくて、言葉が出ない。
この言葉を口にしてしまったら、もう後には戻れない。そんな予感がヒナギクにはあった。
だが、応えなければならない。
バレンタインを失念し、チョコレートを作ることすら忘れた自分なんかに、ここまで喜んでくれた彼の気持ちに、最大限応えなければならない。
「ハヤテ君!!」
「は、はいッ!」
また一つ大きな声で大好きな人の名前を呼び、ヒナギクは、告げた。
想いを告げた。
「買ったチョコは義理だけど!」
「私の貴方への気持ちは、大本命だから!!」
「勘違いしないでよね!!!!」
その後彼女らがどうなったのかは、言うのは野暮というものだが、
ただまあ、一つ言えるとすれば。
二人だけの生徒会室は、チョコレートとは明らかに違う、甘い雰囲気が漂っていた。
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