関ヶ原の書いた二次小説を淡々と載せていくブログです。
過度な期待はしないでください。
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どうもご無沙汰、関ヶ原です。
フォレストページの桜吹雪でリクエストされていた小説が完成したので、こちらにもup。
今回の話はホワイトデーネタですが、前回同様に文章にばらつきが……。
納得のいく文章がかけない自分自身に嫌悪感を抱きつつ、子供っぽいくて自己中心的なアイカとヒナギクがかけたことに少しの満足感。
個人的に、あの二人はもうちょっとわがままになっても良いと思う。
まぁそんなわけで新作ですよ~。
あまり期待されずにお読みください(笑)
もっと勉強して、上手な文章かけるよう頑張りたいです><
では~☆
『女たちのホワイトデー』
「三倍返しってどのくらいの量なのかな」
春も目と鼻の先まで近づいた三月。
暖かな日差しが窓から差し込む綾崎家のリビングで、暇を持て余したアイカが呟くように言った。
「? いきなりどうしたのよ」
その呟きを聞いて、皿を洗っていたヒナギクがアイカに尋ねる。
疑問を浮かべるヒナギクのほうへ視線を向けて、アイカは尋ね返した。
「ママ聞いたことない? ほら、もうすぐホワイトデーだし」
「あぁ、そういうこと」
皿を洗う手を止めアイカの話を聞いていたヒナギクだったが、理解したようだ。
納得したように一つ頷いた後、呆れた表情をアイカに向けた。
「ってアイカ貴女、まさかハヤテにお返しお願いしたの?」
「ほぇ? だってホワイトデーって男の人が女の人に贈り物を贈るんでしょ?」
「はぁ……」
アイカの言葉を聞いて、ヒナギクの口からため息が吐かれる。
「貴女ねぇ…私も貴女も、バレンタインにハヤテからチョコ貰ったじゃない」
「うん、貰ったよ。美味しかったね!」
「ええ美味しかったわ。さすが私のハヤテだって叫びたいくらいにね」
「私のパパだよぅ」、というアイカの主張を無視して、ヒナギクは話を続ける。
「バレンタインでチョコを貰って、その上ホワイトデーでお返し貰おうってちょっと都合が良すぎるわよ」
きっとハヤテはホワイトデー当日、お返しを用意してくる。
アイカの分だけでなく、恐らくヒナギクにも。
ハヤテの人柄を誰よりも理解しているからこそ、申し訳ないな、とヒナギクは思う。
「なんか私たち、ハヤテに貰ってばかりじゃない」
「あー……それはそうかも……」
ヒナギクの話を聞いて、流石にアイカも申し訳ないと感じたのだろう。
言葉を濁すその表情には少しばかり反省の色が見えた。
「でもでも、パパのことだからきっとお返し用意してくるよっ」
そんなアイカの言葉に、ヒナギクは頷く。
そんなこと、初めからわかっている。
「そうね、ハヤテのことだからきっと用意してくるわ。多分、アイカがハヤテにお返しをお願いしなかったとしても」
「………じゃあママが私に説教する必要もなかったんじゃ……」
「あんなの説教に入るわけないじゃない」
「えー」
「……とりあえず、話を続けるわ」
わかっているからこそ、ヒナギクはアイカに提案する。
「だからね、私たちもハヤテにお返しをあげようじゃない」
提案の内容は、至ってシンプル。
「お返しは何でもいいの。ありったけの感謝と愛情を、それに注げれば」
「なんでも?」
「ええ、何でも」
ヒナギクが頷くのを見て、アイカの空色の瞳の輝きが増した。
「じゃあ! ありがとうのキスでも―――」
「殴るわよ? 噛むわよ? 泣かせるわよ?」
「どれもこれも母親の言葉とは思えないっ! ていうか噛むって何!?」
「貴女が変なこと言うからじゃない」
「娘が父親にキスすることって変なことなの!?」
「……とにかく、お返しは『物』で行きましょ」
「ちょっとママ!?」
アイカの言葉を無視して、ヒナギクは自らの提案を自己完結。
国会も顔負けするくらいな強行採決。
「そうと決まればアイカ! 早速取り掛かるわよ!」
「……私は目の前の理不尽を取り締まることから始めたいよ……」
アイカの呟きは、けれどヒナギクの耳には届かない。
…
そんな事があって迎えた三月十四日。
愛する妻子にお返しを用意した綾崎ハヤテは、己の背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
というのも。
「ハヤテ……?」
「パパ……?」
「な、何かな? 二人とも」
眼前に立つ愛するべき者たちが、言葉として形容出来ないほどに恐ろしいオーラを放っていたから。
蛇に睨まれた蛙の如く身を竦めているハヤテに、
「「……その袋に入っているものはなにかしら…?」」
二人は、ハヤテの持つ紙袋に視線を(もはや凶眼というべきか)向けながら、言った。
ハヤテの持つ紙袋の中には、包装紙で包まれた長方形状の箱が何箱も入っていた。
「あ……えっと、これはバレンタインデーのお返しなん…だけ…ど」
聞かれたことに素直に答えるハヤテ。
しかし素直に答えたことによって、二人の眼光が強まった気がした。
「「なんでこんなに数が多いのよ…?」」
「えっと…そりゃあ…貰ったから、だけど…。あ、大丈夫だよ、二人へのお返しはちゃんと別にあるから」
「「そういう問題じゃないの――――!!」」
「うわっ!」
突然大声を上げた二人は、さらに、ハヤテに詰め寄る。
「いつの間にこんなにチョコを貰っていたの!?」
「バレンタインの日、パパチョコレート持ってなかったじゃん!」
「い、いやね? バレンタインの翌日に、いろんな人がくれて……」
「「貰うな―――!!」」
「ええっ!?」
そして理不尽をハヤテに突きつけた。
「な、なんでさ?」
「ハヤテは私からだけ貰えばいいの!」
「パパは私からだけ貰えれば幸せでしょ!」
まぁ簡単に言えば嫉妬。愛する夫を、父を他の女の毒牙から守るべく二人に沸き起こった理不尽という名の防衛本能。
「で、でもその人の好意は蔑ろに出来ないといいますか…」
「その人の」
「好意?」
「な、なんでもありません……」
何だろう、言葉に言葉を返すほど、自分が追い込まれている気がする。
ヒナギクはともかく、まさか娘のアイカにまで同様の迫力があるとは思わなかった。
こんな形で、アイカを自分とヒナギクの娘だと再認識することになろうとは。
「わ、わかった。もし来年、二人以外からチョコレートを貰いそうになったら断りますっ!」
思わず敬語口調になっているハヤテは、「だから」と言葉を続けた。
「今回は、皆にホワイトデーのお返しを配らせてくれませんか……?」
「………まぁ」
「……分かってくれたなら、今回は許しちゃおうかな……」
ハヤテの真摯な視線を受けて、ヒナギクとアイカは渋々承諾した。
二人の首が縦に振られるのを確認したハヤテは、ほっと胸を撫で下ろす。
「……良かった。断られたらどうしようかと思った」
「でも! 今回だけなんだから!」
「次回はないんだからねっ!」
「了解です。お姫様方」
威圧感から開放されれば、この二人のこんな言動も可愛いと思う。
自己中心的な感情をぶつけられているような気がするが、それだけこの二人は自分を想ってくれているのだろう、拗ねた表情を浮かべている二人を見ながら、ハヤテは顔をほころばせた。
「じゃあお返しを渡してこようかな……」
「ハ、ハヤテ!」
「パパ!」
拗ねたお姫様たちから、呼び止められる。
「? どうしたの?」
もう一度二人に視線を向けると、
「「……これっ」」
「え……?」
ずいっ、と突きつけられるかのように差し出されたのは、可愛い包装紙が巻かれた、長方形。
二人の手からそれを受け取り、ハヤテは再び問う。
「これってもしかして……」
「い、いつもお世話なってるから…っ」
「なんかこう改まると恥ずかしいわね……」
軽く包みを揺すってみると、カサカサという音が聞こえてきた。
察するに、恐らくクッキーだろうと内心ハヤテが考えていると、
「ハヤテっ」「パパっ」
「「いつもありがとうっ!」」
二人の声が、自分の耳に入ってきた。
「その……今日はホワイトデーなんだけど」
「別に女の子が渡してもいいよね…? パパ」
「……ありがとう、二人とも。本当に嬉しいよ」
まさかホワイトデーに、こんな素敵なものを貰えるなんて誰が想像出来ただろうか。
二人の気持ちが詰まった包みを大事に胸に抱えながら、ハヤテは笑った。
「こんなに素敵なものが貰えるんだったら、やっぱり来年も他の人からチョコ貰おうかな」
「ハヤテ!!」「パパ!!」
「冗談だよ」
笑いながら、軽口で冗談を言う。
二人から貰ったプレゼントが素敵だということは、冗談などではないけれど。
…
(……良かった)
ハヤテが自分たちが渡したものに喜んでいる様子を見て、ヒナギクもまた、喜びを感じていた。
自分たちが渡したお返しは、ハヤテがくれるもの程立派ではない。
それでもハヤテが喜んでくれた、そのことが嬉しい。
ホワイトデーのお返しを渡すということをアイカと決意し、渡すものはクッキーに決めた。
料理慣れしていないアイカにも簡単に出来るものだと思ったし、ヒナギクでも教えられるからだ。
案の定お返し作りは特に問題も起こらないで順調に進み、市販のものと比べれば劣りを感じるものの、上出来なお返しが完成したと思う。
それを綺麗な包装紙で包み、そして今、こうしてハヤテに渡すことが出来た。
隣のアイカもまた、バレンタインデーとは別の達成感をその胸で感じているに違いない。
「(……アイカ)」
「(なぁに? ママ)」
「(……やったね)」
「(……うん!)」
ハヤテに聞こえない程度の声量でヒナギクが囁くと、アイカは花のような笑顔で大きく頷いた。
「(来年もプレゼント贈ろっか?)」
「(パパがちゃんと他の女の人からチョコを貰わなかったらでどうかな?)」
「(あは。それいいかも♪)」
「ん? 二人して何の話だい?」
「ふふっ。ハヤテには内緒」
「女どーしの秘密だもんねっ!」
不思議な表情を浮かべるハヤテに、乙女二人はもう一度、可笑しそうにクスクスと笑った。
三月十四日のホワイトデーとは、男性が女性に日頃の感謝を込めてプレゼントを贈るといわれている。
しかしそれは一般的に言われていることであって、実際の意味と異なるホワイトデーを過ごす者たちもいる。
例えばこの広大な土地に住む家族のように、女性が男性に感謝の気持ちを贈り物に乗せて渡すように。
「……ねぇハヤテ」
「ん?」
「……これからもその、よろしくね」
「ははっ。こちらこそ」
「……アイカも忘れちゃ駄目なんだよぅ」
「アイカもよろしくね」
そんな風に。
一般のホワイトデーとはちょっと違った綾崎家の三月十四日は、綾崎一家全員の笑顔で彩られていく。
End
フォレストページの桜吹雪でリクエストされていた小説が完成したので、こちらにもup。
今回の話はホワイトデーネタですが、前回同様に文章にばらつきが……。
納得のいく文章がかけない自分自身に嫌悪感を抱きつつ、子供っぽいくて自己中心的なアイカとヒナギクがかけたことに少しの満足感。
個人的に、あの二人はもうちょっとわがままになっても良いと思う。
まぁそんなわけで新作ですよ~。
あまり期待されずにお読みください(笑)
もっと勉強して、上手な文章かけるよう頑張りたいです><
では~☆
『女たちのホワイトデー』
「三倍返しってどのくらいの量なのかな」
春も目と鼻の先まで近づいた三月。
暖かな日差しが窓から差し込む綾崎家のリビングで、暇を持て余したアイカが呟くように言った。
「? いきなりどうしたのよ」
その呟きを聞いて、皿を洗っていたヒナギクがアイカに尋ねる。
疑問を浮かべるヒナギクのほうへ視線を向けて、アイカは尋ね返した。
「ママ聞いたことない? ほら、もうすぐホワイトデーだし」
「あぁ、そういうこと」
皿を洗う手を止めアイカの話を聞いていたヒナギクだったが、理解したようだ。
納得したように一つ頷いた後、呆れた表情をアイカに向けた。
「ってアイカ貴女、まさかハヤテにお返しお願いしたの?」
「ほぇ? だってホワイトデーって男の人が女の人に贈り物を贈るんでしょ?」
「はぁ……」
アイカの言葉を聞いて、ヒナギクの口からため息が吐かれる。
「貴女ねぇ…私も貴女も、バレンタインにハヤテからチョコ貰ったじゃない」
「うん、貰ったよ。美味しかったね!」
「ええ美味しかったわ。さすが私のハヤテだって叫びたいくらいにね」
「私のパパだよぅ」、というアイカの主張を無視して、ヒナギクは話を続ける。
「バレンタインでチョコを貰って、その上ホワイトデーでお返し貰おうってちょっと都合が良すぎるわよ」
きっとハヤテはホワイトデー当日、お返しを用意してくる。
アイカの分だけでなく、恐らくヒナギクにも。
ハヤテの人柄を誰よりも理解しているからこそ、申し訳ないな、とヒナギクは思う。
「なんか私たち、ハヤテに貰ってばかりじゃない」
「あー……それはそうかも……」
ヒナギクの話を聞いて、流石にアイカも申し訳ないと感じたのだろう。
言葉を濁すその表情には少しばかり反省の色が見えた。
「でもでも、パパのことだからきっとお返し用意してくるよっ」
そんなアイカの言葉に、ヒナギクは頷く。
そんなこと、初めからわかっている。
「そうね、ハヤテのことだからきっと用意してくるわ。多分、アイカがハヤテにお返しをお願いしなかったとしても」
「………じゃあママが私に説教する必要もなかったんじゃ……」
「あんなの説教に入るわけないじゃない」
「えー」
「……とりあえず、話を続けるわ」
わかっているからこそ、ヒナギクはアイカに提案する。
「だからね、私たちもハヤテにお返しをあげようじゃない」
提案の内容は、至ってシンプル。
「お返しは何でもいいの。ありったけの感謝と愛情を、それに注げれば」
「なんでも?」
「ええ、何でも」
ヒナギクが頷くのを見て、アイカの空色の瞳の輝きが増した。
「じゃあ! ありがとうのキスでも―――」
「殴るわよ? 噛むわよ? 泣かせるわよ?」
「どれもこれも母親の言葉とは思えないっ! ていうか噛むって何!?」
「貴女が変なこと言うからじゃない」
「娘が父親にキスすることって変なことなの!?」
「……とにかく、お返しは『物』で行きましょ」
「ちょっとママ!?」
アイカの言葉を無視して、ヒナギクは自らの提案を自己完結。
国会も顔負けするくらいな強行採決。
「そうと決まればアイカ! 早速取り掛かるわよ!」
「……私は目の前の理不尽を取り締まることから始めたいよ……」
アイカの呟きは、けれどヒナギクの耳には届かない。
…
そんな事があって迎えた三月十四日。
愛する妻子にお返しを用意した綾崎ハヤテは、己の背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
というのも。
「ハヤテ……?」
「パパ……?」
「な、何かな? 二人とも」
眼前に立つ愛するべき者たちが、言葉として形容出来ないほどに恐ろしいオーラを放っていたから。
蛇に睨まれた蛙の如く身を竦めているハヤテに、
「「……その袋に入っているものはなにかしら…?」」
二人は、ハヤテの持つ紙袋に視線を(もはや凶眼というべきか)向けながら、言った。
ハヤテの持つ紙袋の中には、包装紙で包まれた長方形状の箱が何箱も入っていた。
「あ……えっと、これはバレンタインデーのお返しなん…だけ…ど」
聞かれたことに素直に答えるハヤテ。
しかし素直に答えたことによって、二人の眼光が強まった気がした。
「「なんでこんなに数が多いのよ…?」」
「えっと…そりゃあ…貰ったから、だけど…。あ、大丈夫だよ、二人へのお返しはちゃんと別にあるから」
「「そういう問題じゃないの――――!!」」
「うわっ!」
突然大声を上げた二人は、さらに、ハヤテに詰め寄る。
「いつの間にこんなにチョコを貰っていたの!?」
「バレンタインの日、パパチョコレート持ってなかったじゃん!」
「い、いやね? バレンタインの翌日に、いろんな人がくれて……」
「「貰うな―――!!」」
「ええっ!?」
そして理不尽をハヤテに突きつけた。
「な、なんでさ?」
「ハヤテは私からだけ貰えばいいの!」
「パパは私からだけ貰えれば幸せでしょ!」
まぁ簡単に言えば嫉妬。愛する夫を、父を他の女の毒牙から守るべく二人に沸き起こった理不尽という名の防衛本能。
「で、でもその人の好意は蔑ろに出来ないといいますか…」
「その人の」
「好意?」
「な、なんでもありません……」
何だろう、言葉に言葉を返すほど、自分が追い込まれている気がする。
ヒナギクはともかく、まさか娘のアイカにまで同様の迫力があるとは思わなかった。
こんな形で、アイカを自分とヒナギクの娘だと再認識することになろうとは。
「わ、わかった。もし来年、二人以外からチョコレートを貰いそうになったら断りますっ!」
思わず敬語口調になっているハヤテは、「だから」と言葉を続けた。
「今回は、皆にホワイトデーのお返しを配らせてくれませんか……?」
「………まぁ」
「……分かってくれたなら、今回は許しちゃおうかな……」
ハヤテの真摯な視線を受けて、ヒナギクとアイカは渋々承諾した。
二人の首が縦に振られるのを確認したハヤテは、ほっと胸を撫で下ろす。
「……良かった。断られたらどうしようかと思った」
「でも! 今回だけなんだから!」
「次回はないんだからねっ!」
「了解です。お姫様方」
威圧感から開放されれば、この二人のこんな言動も可愛いと思う。
自己中心的な感情をぶつけられているような気がするが、それだけこの二人は自分を想ってくれているのだろう、拗ねた表情を浮かべている二人を見ながら、ハヤテは顔をほころばせた。
「じゃあお返しを渡してこようかな……」
「ハ、ハヤテ!」
「パパ!」
拗ねたお姫様たちから、呼び止められる。
「? どうしたの?」
もう一度二人に視線を向けると、
「「……これっ」」
「え……?」
ずいっ、と突きつけられるかのように差し出されたのは、可愛い包装紙が巻かれた、長方形。
二人の手からそれを受け取り、ハヤテは再び問う。
「これってもしかして……」
「い、いつもお世話なってるから…っ」
「なんかこう改まると恥ずかしいわね……」
軽く包みを揺すってみると、カサカサという音が聞こえてきた。
察するに、恐らくクッキーだろうと内心ハヤテが考えていると、
「ハヤテっ」「パパっ」
「「いつもありがとうっ!」」
二人の声が、自分の耳に入ってきた。
「その……今日はホワイトデーなんだけど」
「別に女の子が渡してもいいよね…? パパ」
「……ありがとう、二人とも。本当に嬉しいよ」
まさかホワイトデーに、こんな素敵なものを貰えるなんて誰が想像出来ただろうか。
二人の気持ちが詰まった包みを大事に胸に抱えながら、ハヤテは笑った。
「こんなに素敵なものが貰えるんだったら、やっぱり来年も他の人からチョコ貰おうかな」
「ハヤテ!!」「パパ!!」
「冗談だよ」
笑いながら、軽口で冗談を言う。
二人から貰ったプレゼントが素敵だということは、冗談などではないけれど。
…
(……良かった)
ハヤテが自分たちが渡したものに喜んでいる様子を見て、ヒナギクもまた、喜びを感じていた。
自分たちが渡したお返しは、ハヤテがくれるもの程立派ではない。
それでもハヤテが喜んでくれた、そのことが嬉しい。
ホワイトデーのお返しを渡すということをアイカと決意し、渡すものはクッキーに決めた。
料理慣れしていないアイカにも簡単に出来るものだと思ったし、ヒナギクでも教えられるからだ。
案の定お返し作りは特に問題も起こらないで順調に進み、市販のものと比べれば劣りを感じるものの、上出来なお返しが完成したと思う。
それを綺麗な包装紙で包み、そして今、こうしてハヤテに渡すことが出来た。
隣のアイカもまた、バレンタインデーとは別の達成感をその胸で感じているに違いない。
「(……アイカ)」
「(なぁに? ママ)」
「(……やったね)」
「(……うん!)」
ハヤテに聞こえない程度の声量でヒナギクが囁くと、アイカは花のような笑顔で大きく頷いた。
「(来年もプレゼント贈ろっか?)」
「(パパがちゃんと他の女の人からチョコを貰わなかったらでどうかな?)」
「(あは。それいいかも♪)」
「ん? 二人して何の話だい?」
「ふふっ。ハヤテには内緒」
「女どーしの秘密だもんねっ!」
不思議な表情を浮かべるハヤテに、乙女二人はもう一度、可笑しそうにクスクスと笑った。
三月十四日のホワイトデーとは、男性が女性に日頃の感謝を込めてプレゼントを贈るといわれている。
しかしそれは一般的に言われていることであって、実際の意味と異なるホワイトデーを過ごす者たちもいる。
例えばこの広大な土地に住む家族のように、女性が男性に感謝の気持ちを贈り物に乗せて渡すように。
「……ねぇハヤテ」
「ん?」
「……これからもその、よろしくね」
「ははっ。こちらこそ」
「……アイカも忘れちゃ駄目なんだよぅ」
「アイカもよろしくね」
そんな風に。
一般のホワイトデーとはちょっと違った綾崎家の三月十四日は、綾崎一家全員の笑顔で彩られていく。
End
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どうも皆様、関ヶ原です。
新作です。あやさきけです。
話はバレンタイン話(ただし前日メイン)。
これはリクエストされてかかせていただいたんですが、バレンタインの話なのにいつの間にかメインが前日の話に……。
しかも皆ダイスキヒナギクさんとアイカちゃんの出番はなく、野郎の会話しかないという悲劇の話に……。
これを書き上げた今、リクしてくれた方には申し訳なさで一杯です。
なんだかこの頃文章が上手く書けませんし……。
スランプ?この拙文書きにもスランプがあるのか!?
で、でも一生懸命書いたんだからね!?
次、次こそは甘甘を……。
原作のほうではヒナギクの夫が他の女性を抱きしめていましたので、その制裁も込めて甘い小説を書きたいなと思います。
それでは話が長くなりましたのでこの辺で。
どうぞ~☆
2月14日。
この日は世に言うバレンタインというイベントであり、恋する少女達に少しば
かりの勇気を与えてくれる日でもある。
好きな男の子にチョコをあげたいという想いが交差する日。
そんな大切なイベントであるバレンタインデーだが、ここ最近では色々な形が
出来てきた。
例えば。
とある一軒家のキッチンで、愛する女性の為にチョコを作る彼等のように。
『男たちのバレンタイン』
広大な土地、三千院家の敷地内にある不相応な一軒家。
言わずともお馴染み、綾崎家の台所では、包装が解かれたチョコレートの
包みが散乱していた。
2月13日。バレンタインの前日。
東宮康太郎が綾崎ハヤテのところへ訪れたのは、その日の朝のことだった。
『僕にチョコレートの作り方を教えてくれ!』
『はい?』
朝の挨拶よりも先にでた言葉に、ハヤテの目が点となった。
『えーと……』
『泉にチョコレートをあげたいんだ!!』
『泉さんに?』
『最近じゃあ男がチョコを渡すのが主流になりつつあるってテレビで言ってた!
』
『それはつまり、逆チョコってこと?』
『そうそれ!』
息つぐ暇なく言葉をまくし立てられていたハヤテだったが、漸く康太郎の言わ
んとすることを理解する。
逆チョコとは言葉の通り、男性が女性に対しチョコのこと。
そういえば最近良く耳にするなぁ、とハヤテは思う。
要するに康太郎は、
『俺は泉に逆チョコを渡したいんだよ!』
とのこと。
『ふむ……』
『頼めるのは綾崎しかいないんだよ!』
期待を寄せた目で康太郎はハヤテを見る。
その視線を受け止めながらハヤテは少し考えるそぶりをし、
『……実は僕もヒナギクとアイカにチョコを作ろうとしてたんだ』
『―――っ! じゃあ、』
『力になれるかどうかわからないけど、僕で良ければ』
優しい笑みを康太郎に向けた。
…
「な、なぁ綾崎。本当にこれで上手くいってるのか?」
「うん、大丈夫だよ。そのままそのまま」
そんなことがあって、今綾崎家のキッチンは男たちの戦場と化していた。
ヒナギクとアイカは出掛けているので、使い放題だ。
現在彼等はチョコレートを溶かし、再び別の型で固める作業の真っ只中。
溶けたチョコをへらでゆっくりと掻き混ぜながら、不安そうな声で康太郎はハヤテに尋ねる。
「ほ、本当か? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって」
チョコを作るのは初めてだというので緊張するのはわかるが、少し落ち着いて欲しい、とハヤテは苦笑しながら思う。
鍋の中のチョコは良い感じに溶けている。
もう少しで型へ流し込めるはずだ。
「そ、そうか……ははっ」
ハヤテの言葉を聞いて、嬉しそうに康太郎は笑った。
「上手く出来るといいなぁ」
「……そうだね」
その笑顔につられて、ハヤテの顔も綻ぶ。
好きな人を想いながら作るものは、きっと何よりも美味しいだろう。
それを知っているから、ハヤテもチョコの完成を楽しみに待つ。
「本当に出来上がりが楽しみだ」
家族が喜ぶ顔を想像し、ハヤテはそう呟いた。
「お、おおお……」
冷凍庫から取り出したチョコレートを見て、康太郎が唸る。
「こ、これ本当に僕が作ったんだよな……?」
「そうだよ。言ったろ? 心配するなって」
ハヤテの言葉に頷く康太郎のチョコレートは、ちょっと歪なハート型だ。
しかし初めてにしては上出来、合格点と言えるだろう。
「……うん、僕のも固まってる」
ハヤテのチョコレートもハートだった。
康太郎と比べ滑らかな曲線を描く、市販されていてもおかしくない程の出来栄え。
自分と遥かに違う曲線美を描くチョコレートを見て、康太郎は「凄い……」と感嘆した。
「さすが綾崎だな……」
「そんなことはないよ。むしろ初めてだって言う康太郎の方が流石だと思うけど」
「え?」
「だって僕、初めてチョコ作ったときはそこまで綺麗に出来なかったから」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。 だから康太郎の方が凄いんだって」
もっと自信もちなよ、とチョコレートのデコレートをしながらハヤテは言う。
「康太郎はチョコレートに文字、なんて入れるの?」
「え?」
「文字だよ、文字。 デコレーション」
「あ、ああ。そうだな、文字も書いたほうがいいか」
「ここにデコレーションの道具あるから、好きなの使って」
「おう!」
元気良く康太郎は頷いた。
デコレーションようのペンを手に取り、歪だけれども、想いが詰まったチョコレートに文字を書き始める。
「………」
息を止め、極力丁寧に文字を書こうとする康太郎の姿を見て、ハヤテも「自分も頑張らないと」と呟いた。
文字を書く作業を再開する。
ヒナギクとアイカの二人分。 日頃の感謝と一杯の愛情を込めて、文字を書いていく。
そして。
「―――出来た」
「出来ました」
達成感溢れる声が、綾崎家の台所に響いた。
男たちの前には、綺麗に包まれたチョコレートが丁寧に置かれている。
「後はこれを明日渡すだけだな」
「そうだね。 見つからないように冷やさなくちゃ」
気づけば、もうそろそろヒナギクたちが帰ってくる時間だった。
「うわ、もうこんな時間なのか」
「集中してたからなぁ。時間の感覚なかったよ」
好きなことをするほど時の流れは早く感じるとは言うが、好きな人を考えていると時間の感覚がマヒするらしい。
ハヤテの言葉に「そうだな、同感」と康太郎は笑いながら頷いたのだった。
…
「じゃあ明日、しっかり渡すんだよ」
康太郎を玄関先まで見送る頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。
チョコレートが溶けないようにと保冷剤を入れた袋を手に提げながら、康太郎は再びハヤテに頭を下げた。
「今日は本当にありがとう。おかげで泉にチョコを渡せるよ」
康太郎の感情を代弁するかのように、手提げの袋が揺れる。
その様子をまるで猫の尻尾のようだ、と内心可笑しく思いながらも、ハヤテも「こちらこそ」と頭を下げた。
「僕も一緒にチョコを作れて嬉しかったよ。いつもは一人で作ってたから」
「はは、そっか。じゃあ僕、そろそろ行くな」
「あ、うん。泉さんによろしく言っておいて」
「了解。そっちもヒナギクさんとアイカちゃんによろしくな」
そう言って康太郎はハヤテに別れを告げた。
初めて作った、想い人へのチョコレートを持って。
康太郎は明日、ちゃんとチョコレートを渡すことが出来るだろう。
照れくさそうに、でもしっかりとその包みを差し出しながら。
そんな光景が容易に想像出来てしまう東宮夫妻は、本当にお似合いの夫婦だと思う。
勿論、自分たちとて負けていないと思うが。
「……さて、と。僕も夕飯の支度でもしようかな」
そんなことを思いながら、ハヤテは今しがた戦場だったキッチンへと再び足を向けた。
もうじき帰ってくる、愛する家族のために夕食を作らなくては。
「今日は……何にしようか」
チョコレートを作るときとはまた違った作る楽しみを感じて、ハヤテの顔は自然と笑顔になる。
好きな人を想いながら作るものは何よりも美味しい。
それはきっと間違いない。
「喜んでくれるといいなぁ」
愛する娘と妻の嬉しそうな顔を想像しながら、ハヤテは冷蔵庫の扉を開いたのだった。
…
「はい、アイカ、ヒナギク」
「うわ! ありがとうパパ!」
「毎年こんなに立派なチョコをありがとう。……もう、私の立つ瀬がないじゃない」
して、来るべきバレンタインはやってきた。
嬉しそうに、もしくは悔しそうに、自分のチョコを受け取ってくれる娘と妻。
その二人の様子を満足そうに見つめながら、ハヤテは今頃チョコを渡しているであろう友人のことを考える。
「……ま、大丈夫だと思うけど」
好きな人のためにあれほど一生懸命になっていたのだ。
最後の最後で渡せなかったなんてヘマは、自分の友人はしないだろう。
「……頑張れ、康太郎」
2月14日。
女の子の勇気と想いが交差する、バレンタイン。
その女の子のために勇気と想いを込めたチョコレートを作った友人の成功と健闘を祈りながら、ハヤテは娘と妻から貰ったチョコレートの包みを開けたのだった。
彼らのバレンタインは、鍋の中の溶けたチョコレートのように、ゆっくり、甘い香りを漂わせながら過ぎていく。
End
新作です。あやさきけです。
話はバレンタイン話(ただし前日メイン)。
これはリクエストされてかかせていただいたんですが、バレンタインの話なのにいつの間にかメインが前日の話に……。
しかも皆ダイスキヒナギクさんとアイカちゃんの出番はなく、野郎の会話しかないという悲劇の話に……。
これを書き上げた今、リクしてくれた方には申し訳なさで一杯です。
なんだかこの頃文章が上手く書けませんし……。
スランプ?この拙文書きにもスランプがあるのか!?
で、でも一生懸命書いたんだからね!?
次、次こそは甘甘を……。
原作のほうではヒナギクの夫が他の女性を抱きしめていましたので、その制裁も込めて甘い小説を書きたいなと思います。
それでは話が長くなりましたのでこの辺で。
どうぞ~☆
2月14日。
この日は世に言うバレンタインというイベントであり、恋する少女達に少しば
かりの勇気を与えてくれる日でもある。
好きな男の子にチョコをあげたいという想いが交差する日。
そんな大切なイベントであるバレンタインデーだが、ここ最近では色々な形が
出来てきた。
例えば。
とある一軒家のキッチンで、愛する女性の為にチョコを作る彼等のように。
『男たちのバレンタイン』
広大な土地、三千院家の敷地内にある不相応な一軒家。
言わずともお馴染み、綾崎家の台所では、包装が解かれたチョコレートの
包みが散乱していた。
2月13日。バレンタインの前日。
東宮康太郎が綾崎ハヤテのところへ訪れたのは、その日の朝のことだった。
『僕にチョコレートの作り方を教えてくれ!』
『はい?』
朝の挨拶よりも先にでた言葉に、ハヤテの目が点となった。
『えーと……』
『泉にチョコレートをあげたいんだ!!』
『泉さんに?』
『最近じゃあ男がチョコを渡すのが主流になりつつあるってテレビで言ってた!
』
『それはつまり、逆チョコってこと?』
『そうそれ!』
息つぐ暇なく言葉をまくし立てられていたハヤテだったが、漸く康太郎の言わ
んとすることを理解する。
逆チョコとは言葉の通り、男性が女性に対しチョコのこと。
そういえば最近良く耳にするなぁ、とハヤテは思う。
要するに康太郎は、
『俺は泉に逆チョコを渡したいんだよ!』
とのこと。
『ふむ……』
『頼めるのは綾崎しかいないんだよ!』
期待を寄せた目で康太郎はハヤテを見る。
その視線を受け止めながらハヤテは少し考えるそぶりをし、
『……実は僕もヒナギクとアイカにチョコを作ろうとしてたんだ』
『―――っ! じゃあ、』
『力になれるかどうかわからないけど、僕で良ければ』
優しい笑みを康太郎に向けた。
…
「な、なぁ綾崎。本当にこれで上手くいってるのか?」
「うん、大丈夫だよ。そのままそのまま」
そんなことがあって、今綾崎家のキッチンは男たちの戦場と化していた。
ヒナギクとアイカは出掛けているので、使い放題だ。
現在彼等はチョコレートを溶かし、再び別の型で固める作業の真っ只中。
溶けたチョコをへらでゆっくりと掻き混ぜながら、不安そうな声で康太郎はハヤテに尋ねる。
「ほ、本当か? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって」
チョコを作るのは初めてだというので緊張するのはわかるが、少し落ち着いて欲しい、とハヤテは苦笑しながら思う。
鍋の中のチョコは良い感じに溶けている。
もう少しで型へ流し込めるはずだ。
「そ、そうか……ははっ」
ハヤテの言葉を聞いて、嬉しそうに康太郎は笑った。
「上手く出来るといいなぁ」
「……そうだね」
その笑顔につられて、ハヤテの顔も綻ぶ。
好きな人を想いながら作るものは、きっと何よりも美味しいだろう。
それを知っているから、ハヤテもチョコの完成を楽しみに待つ。
「本当に出来上がりが楽しみだ」
家族が喜ぶ顔を想像し、ハヤテはそう呟いた。
「お、おおお……」
冷凍庫から取り出したチョコレートを見て、康太郎が唸る。
「こ、これ本当に僕が作ったんだよな……?」
「そうだよ。言ったろ? 心配するなって」
ハヤテの言葉に頷く康太郎のチョコレートは、ちょっと歪なハート型だ。
しかし初めてにしては上出来、合格点と言えるだろう。
「……うん、僕のも固まってる」
ハヤテのチョコレートもハートだった。
康太郎と比べ滑らかな曲線を描く、市販されていてもおかしくない程の出来栄え。
自分と遥かに違う曲線美を描くチョコレートを見て、康太郎は「凄い……」と感嘆した。
「さすが綾崎だな……」
「そんなことはないよ。むしろ初めてだって言う康太郎の方が流石だと思うけど」
「え?」
「だって僕、初めてチョコ作ったときはそこまで綺麗に出来なかったから」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。 だから康太郎の方が凄いんだって」
もっと自信もちなよ、とチョコレートのデコレートをしながらハヤテは言う。
「康太郎はチョコレートに文字、なんて入れるの?」
「え?」
「文字だよ、文字。 デコレーション」
「あ、ああ。そうだな、文字も書いたほうがいいか」
「ここにデコレーションの道具あるから、好きなの使って」
「おう!」
元気良く康太郎は頷いた。
デコレーションようのペンを手に取り、歪だけれども、想いが詰まったチョコレートに文字を書き始める。
「………」
息を止め、極力丁寧に文字を書こうとする康太郎の姿を見て、ハヤテも「自分も頑張らないと」と呟いた。
文字を書く作業を再開する。
ヒナギクとアイカの二人分。 日頃の感謝と一杯の愛情を込めて、文字を書いていく。
そして。
「―――出来た」
「出来ました」
達成感溢れる声が、綾崎家の台所に響いた。
男たちの前には、綺麗に包まれたチョコレートが丁寧に置かれている。
「後はこれを明日渡すだけだな」
「そうだね。 見つからないように冷やさなくちゃ」
気づけば、もうそろそろヒナギクたちが帰ってくる時間だった。
「うわ、もうこんな時間なのか」
「集中してたからなぁ。時間の感覚なかったよ」
好きなことをするほど時の流れは早く感じるとは言うが、好きな人を考えていると時間の感覚がマヒするらしい。
ハヤテの言葉に「そうだな、同感」と康太郎は笑いながら頷いたのだった。
…
「じゃあ明日、しっかり渡すんだよ」
康太郎を玄関先まで見送る頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。
チョコレートが溶けないようにと保冷剤を入れた袋を手に提げながら、康太郎は再びハヤテに頭を下げた。
「今日は本当にありがとう。おかげで泉にチョコを渡せるよ」
康太郎の感情を代弁するかのように、手提げの袋が揺れる。
その様子をまるで猫の尻尾のようだ、と内心可笑しく思いながらも、ハヤテも「こちらこそ」と頭を下げた。
「僕も一緒にチョコを作れて嬉しかったよ。いつもは一人で作ってたから」
「はは、そっか。じゃあ僕、そろそろ行くな」
「あ、うん。泉さんによろしく言っておいて」
「了解。そっちもヒナギクさんとアイカちゃんによろしくな」
そう言って康太郎はハヤテに別れを告げた。
初めて作った、想い人へのチョコレートを持って。
康太郎は明日、ちゃんとチョコレートを渡すことが出来るだろう。
照れくさそうに、でもしっかりとその包みを差し出しながら。
そんな光景が容易に想像出来てしまう東宮夫妻は、本当にお似合いの夫婦だと思う。
勿論、自分たちとて負けていないと思うが。
「……さて、と。僕も夕飯の支度でもしようかな」
そんなことを思いながら、ハヤテは今しがた戦場だったキッチンへと再び足を向けた。
もうじき帰ってくる、愛する家族のために夕食を作らなくては。
「今日は……何にしようか」
チョコレートを作るときとはまた違った作る楽しみを感じて、ハヤテの顔は自然と笑顔になる。
好きな人を想いながら作るものは何よりも美味しい。
それはきっと間違いない。
「喜んでくれるといいなぁ」
愛する娘と妻の嬉しそうな顔を想像しながら、ハヤテは冷蔵庫の扉を開いたのだった。
…
「はい、アイカ、ヒナギク」
「うわ! ありがとうパパ!」
「毎年こんなに立派なチョコをありがとう。……もう、私の立つ瀬がないじゃない」
して、来るべきバレンタインはやってきた。
嬉しそうに、もしくは悔しそうに、自分のチョコを受け取ってくれる娘と妻。
その二人の様子を満足そうに見つめながら、ハヤテは今頃チョコを渡しているであろう友人のことを考える。
「……ま、大丈夫だと思うけど」
好きな人のためにあれほど一生懸命になっていたのだ。
最後の最後で渡せなかったなんてヘマは、自分の友人はしないだろう。
「……頑張れ、康太郎」
2月14日。
女の子の勇気と想いが交差する、バレンタイン。
その女の子のために勇気と想いを込めたチョコレートを作った友人の成功と健闘を祈りながら、ハヤテは娘と妻から貰ったチョコレートの包みを開けたのだった。
彼らのバレンタインは、鍋の中の溶けたチョコレートのように、ゆっくり、甘い香りを漂わせながら過ぎていく。
End
どうも皆様、関ヶ原です。
一応新作できました。あやさきけです。
実はフォレストのほうでリクがありまして、今回はリク小説でございます。
タイトルはずばり、タイトル通り。
本当は成人の日にアップできればよかったのですが、私は成人式というものを知りません。
いや、来年嫌でも迎えるんですがね、正直騒ぐというイメージしかもてなくて……。
小説書くならそれぐらい調べろ、って感じですよね、本当スイマセン(汗
おかげで、小説に私の偏見と無知っぷりが存分に顕れてしまいました。
新年だっつーのに、文章は相変わらず脈絡はないし……。
正直、リク小説がこんな感じになってしまって申し訳ないです。
もっと勉強します。
まぁ、勉強=もっと小説を書くこと、なんですが……。
閑話休題。
さて、話が長くなってしまったのでそろそろ切り上げます。
かなりの拙文になってますが、読んでいただければ光栄です。
それでは~☆
『成人の日』
成人の日、ということで、綾崎ハヤテは屋敷の仕事を休んでいた。
執事に果たして祭日休暇があるのかと問いただしてみたいと思ったのだが、自分の仕える主は他の主とは一味も二味も違うのでまぁいいかと、ハヤテは考えるのをやめた。
どちらにせよ、折角頂いた休みなのだから、ゆっくりと家でのんびりしていよう。
そう思う。
「成人の日、かぁ……」
といってもやることなど特に無く、何の気もなしにテレビをつけてみると、成人式の様子がテレビで放送されていた。
袴姿や着物など、華やかに着飾った新成人の姿がそこにはあった。
テレビに映る彼らの姿を見て、隣で同じくテレビを見ていたヒナギクが言葉を発す。
「懐かしいわねぇ」
「そうだね」
数年前のこの日、ハヤテとヒナギクも新成人となった。
普段は着ない互いの晴れ姿に、頬を染めていたあの頃。
ヒナギクが二十歳の時にアイカが生まれ、もうあれから八年も経ったのかと、年月の流れる速さに少し驚きを覚えた。
「成人式?」
「そ、成人式」
「大人になったっていうお祝いみたいなものかな」
ハヤテの膝の上にちょこんと座っているアイカが、疑問を浮かべる。
自分の知らない言葉に興味を抱いたようだった。
『大人』という言葉を聞いて、アイカの瞳が輝く。
「大人の証……!」
「証って言うか、なんなんだろう?」
「いいんじゃない? ある意味証よ」
「へー……」
そうなんだ、と呟いてテレビを熱心に見始めるアイカに、二人は苦笑を浮かべた。
まだ幼いアイカにとって、『大人』とは憧れの存在なのだろう。
小さい頃に『早く大人になりたい』と願った自分たちはこんな表情を浮かべていたに違いない。
「ねえねえ、パパとママの成人式ってどんな感じだったの?」
「え?」
昔のことを思い出しながらテレビを見ていると、アイカがそんな質問をかけてきた。
アイカを見ると、興味津々といった様子で二人の方を見ている。
「パパとママも成人式に出たんだよね?」
「あー……まぁ一応」
「出たには……出たわよ」
「聞かせてっ」
口を濁しながら答えるハヤテとヒナギクに、間髪いれずにアイカが続きを求めた。
余程興味があるのだろう。
仕方ないな、とため息をついて、二人は語りだす。
「成人式っていっても、テレビのような感じじゃなかったわよ」
「あの時はね――――」
…
久しぶりの日本は、一月だというのに暖かかった。
外国とは違う懐かしい空気を胸いっぱいに吸いつつ、当時二十歳のハヤテと、十九歳のヒナギクは空港から屋敷の方へと出発した。
屋敷へ向かう途中、袴や着物を着た若者の姿を良く見かけ、今日が成人の日だったことを思い出した。
「そういえば今日は成人式だったなぁ」
「私はまだ十九だけどね」
「一応該当者じゃないか。でも、結局参加しないで終わったね」
二人とも今年の新成人だった。
しかし、帰国上の都合で成人式の方へは参加していない。
というか、今のいままで今日が成人式だということを忘れていた。
「う~ん、外国に居過ぎたせいかしら?」
「どうだろう? でも、勿体ないことしたかな? 人生で一度きりの日だったのに」
「そうね……まぁでも、別にいいんじゃないかしら?」
ヒナギクは苦笑して、それに、と言葉を続ける。
「久しぶりに皆に会えることの方が、私たちにとっては大事なことなんだし」
「……それもそうだね」
そう言ってにこり、と微笑むヒナギクに、ハヤテも表情を緩めた。
これから向かう屋敷では、懐かしい顔ぶれが並んでいるはずだ。
自分の主、兄弟、そして自分たちと同じ新成人である友人たち。
二年間という短い渡英だったが、懐かしさを覚えるには十分過ぎた時間だった。
「早く皆に会いたいな……」
「どんな風に変わっているのか楽しみだね」
それぞれが大人になった姿を楽しみにしながら、二人はどちらからと無く、互いの手を握った。
…
かつて自分が仕え、そしてまた仕えるであろう屋敷は、相変わらずの面積を誇っていた。
荘厳な門扉の前に立ち、二人はそれを見上げる。
「うわー……」
「なんというか、久しぶりに見るとまた違うな……」
ここは本当に日本なのだろうか? まだ自分たちは外国にいるのではないのか?
そんな疑問が頭に浮かんだ。
「と、とりあえず中に入れてもらおうかっ」
「そ、そうね」
何とか気を取り直し、近くにあったインターホンを押す。
少しの間が開き、懐かしい声が聞こえてきた。
『はい、どちら様ですか?』
「お久しぶりですマリアさん。 ハヤテです」
「桂です」
『あら! お帰りなさいハヤテ君、桂さん! 今門を開けますから、どうぞ中へ入ってください!』
対応がおばさんみたいだなぁと思ったことは、墓の中まで持っていこうと誓ったハヤテだった。
「改めましておかえりなさいお二人とも」
「ただいまですマリアさん」
「マリアさんもお変わりないようで」
「そうですか?」
迎えてくれたマリアは、相変わらずの美貌だった。
成人を向かえ、より大人っぽくなったその美しい姿に、ハヤテだけでなくヒナギクも視線を奪われる。
「さぁ、早くあがってください。皆お二人のことを待っていますよ」
機嫌の良いマリアに会場まで案内される。
相変わらず屋敷の中は掃除が行き届いていて、会場までの道は、埃一つなかったような気がした。
「ここです」
「ここですか……」
「懐かしいわね」
案内された部屋は、以前人気投票のパーティが行われていた会場だった。
もともと舞踏会などに使われていた部屋なので、妥当といえば妥当だろう。
「中で皆様が待ってますよ。どうぞお楽しみください」
「ありがとうございます」
二人はマリアに礼を言って、その扉を開けた。
中には、懐かしい人たちが待っている。
自分たちの帰りを祝うために。
まだ顔も見ていないのに、嬉しさと懐かしさがこみ上げてきた。
皆はどうなっているのだろうか?
身長が伸びたり、大人っぽくなったり、全然変わっていなかったり。
知らない間に付き合っていたりなんかもして。
扉が開く数秒間の間に、たくさんのことが浮かんでくる。
それだけ自分たちは、再会を心待ちにしているのだと実感した。
「ただいま、皆!」
「久しぶり―――」
長い長い数秒が過ぎ、ようやく中の様子が二人の双眸に映った。
『あっはっは!もっと飲めえ!!』
『無礼講じゃあ!無礼講じゃあ!』
『ちょ、皆さん落ち着いて!僕らはまだ未成年――』
『酒が足りないぞ―――!!もっと持ってこぉい!!』
『あ、こら!ナギまで……』
変わり果てていた。
「……あれ?」
「………は?」
「あ、あはは……すみません、二人とも」
呆然と立ち尽くす二人に、マリアが引きつった笑いを浮かべながら謝罪する。
「あの……始めはちゃんと皆さん、お二人のことを待っていたんですよ? でも、だんだん飽きてきたというか、暇になってきたというか……」
マリアの言いたいことが、二人にはよく分かった。
伊達に彼らと付き合ってきたわけではない。
要するに、待っているのも面倒になったから先に始めたということだろう。
「………相変わらずお察しのよい方ですね」
「伊達に付き合ってませんからね、美希たちとは」
「まぁ改めて考えてみると、そんなに我慢強い方たちではなかったですしね……」
ハヤテとヒナギクはそういって、苦笑交じりに眼前の彼らを見た。
容姿はやはり、昔と比べて大人っぽくなっている気がした。
身長が伸びていたり、髪が伸びていたり。
髪を巻いていたり、化粧をしていたり。
「ふ、ふふ……」
「どうしたの? ヒナギク」
「い、いや……結局皆は皆なんだなぁって……」
クスクスと可笑しそうに笑いながら紡がれたヒナギクの言葉に「あぁ、確かに」とハヤテは頷いた。
二年ぶりにあった彼らは、本当に昔と変わっていない。
二年前自分たちがこの場所にまだいた頃と、ほとんど変わらない。
それが可笑しくて嬉しくて、ハヤテもヒナギクにつられて笑ってしまった。
「マリアさん」
「あ…はい?」
「変わってないですね、皆」
「……お恥ずかしいことながら」
「いえ、いいんですよ」
「ええ。嬉しいことですから」
自分たちの帰国を祝ってくれるはずだったパーティを、主役抜きで始めようとも。蚊帳の外にされても、自然と怒りは湧いてこない。
「じゃあヒナギク、僕たちも混ざろうか」
「そうね。マリアさん、適当に飲み物持ってきていただけますか?」
「あ、はい。今お持ちします」
こみ上げてくるのは、懐かしさと嬉しさだけだった。
パタパタとマリアの足音が遠ざかっていったのを確認した二人は、ニコリと微笑みあう。
「ねえハヤテ」
「ん?」
「昔の私たちならさ、間違いなく美希たちを止める役だったじゃない?」
「……そうだね。僕なんてお嬢様の執事だし」
だんだんと喧騒が近づいてくる。
彼らは、彼女らは、こちらの存在に気が付いていない。
「でも、折角二年ぶりにあったわけじゃない? だからさ……」
「うん」
「私たちも、たまには止めてもらう側になってみない?」
「………なるほど。はは、ヒナギクも今日は思い切り飲むんだね」
「勿論よ。だって今日から成人なんだから」
「違いない」
ヒナギクの言葉にハヤテは笑って、そして半狂乱の渦中へと、突撃した。
…
「……それがパパたちの成人式?」
「うん、そうだよ」
「それと同時に、私たちがボケる側にいてはいけないことが二年ぶりに思い知らされた日でもあるわね」
話を聞き終えたアイカの問いに、それぞれが答える。
結局あのハヤテとヒナギクの帰国祝い兼祝成人パーティは、あの後収まりがつかなかった。
酔っ払った皆に『お帰り』の言葉とともにアルコールを頂いたハヤテとヒナギクも酔いつぶれ、あの会場にはマリア以外のツッコミ役が不在となった。
このことはつまり、カオス化を意味する。
皆が酔っ払い、狂乱の宴を繰り広げていた中に、まさかのハヤテとヒナギクも参戦したのだ。
流石のマリアも予想外だったらしく、あのパーティの後三日間ぐらい寝込んだ。
「あの時は久しぶりの日本ですっかり舞い上がってたからなぁ」
「お酒を飲むことにあれほど恐怖を覚えた時はなかったわ……」
当時のことを思い出し、二人の目がふっと遠くなった。
どうやら自分たちの失態(痴態といえなくもない)を思い出してしまったようだ。
「(若気の至り、ってああいうことを言うのかしら?)」
「(さ、さぁどうだろう?)」
「ははは……」
「? どうしたの?」
「いや……なんでもないんだよ、アイカ」
「ええ。ちょっと昔を思い出しただけだから……」
苦笑を浮かべているハヤテとヒナギクに「ふうん」とアイカは相槌を打つと、
「でも皆、今とそんな変わらないんだね」
「まぁね」
「ここまで変わらないものだったとは流石に思っていなかったけれど」
「? そうなの?」
成人という大人の世界に足を踏み入れてからもう八年。
娘が生まれた今、自分たちがどこか変わったかと聞かれても、素直に頷けない。
子供を養うだとか、家庭を持つだとか、働くだとか、大人になるという定義は、どこに存在しているのだろう。
二十歳を越えたから大人、という言葉は些か説得力に欠けると思う。
結局何歳になっても、大人というものは理解できないのかもしれない。
「でも、さ」
「ん?」
「大人になるってそういうものなのかしら?」
ヒナギクの言いたいことがきっとハヤテにも伝わったのだろう。
ヒナギクの顔を少し見た後、ハヤテは頷いた。
「……そうだね。きっとそういうものなんだと思うよ」
「? 何々? 私にも教えて―――」
「はは、アイカにはまだわからないよ」
「そうそう。大人になってからね」
「むぅ~……。いいもん、早く大人になってやるんだからぁ!」
「そんな簡単に、大人にはなれないわよ」
「そうだねぇ……」
「なるもんなるもん! パパとママみたいに!!」
「はは、それは楽しみだ」
「そうねぇ~。アイカが大人になったとこ見るの、私も楽しみになってきたわ」
「うぅぅぅぅぅ」
一人頬を膨らませたアイカに二人はくすり、と笑みを浮かべると、再びテレビに視線を戻す。
成人式はどうやら終わったらしく、会場を出た新成人たちがそれぞれ騒いでいた。
酒を飲んだり、大声で歌ったり、まるで路上がどこかの宴会会場になっているよう。
その光景を数年前の自分たちと重ねて、ハヤテとヒナギクは思った。
「「(アイカにはこんな風になって欲しくないなぁ)」」
アイカは自分たちのような大人になる、とは言っていたが、正直反面教師にしてほしい。
成人の日にバカ騒ぎして、他人に迷惑をかけるくらいなら、と。
「(大人しくしてれば良かったね、成人式)」
「(成人パーティみたいなものだったけれど……正直、過去に戻れたら、と思うわ……)」
「早く大人になりたいなぁ……」
相変わらず数年前のことを引っ張る二人など知らず、アイカの願望に近い言葉が耳に入る。
その度に二人は、過去の自分たちの行動に頭を抱えてしまうのだった。
二人が二人とも反省する、そんな珍しい成人の日のこと。
End
一応新作できました。あやさきけです。
実はフォレストのほうでリクがありまして、今回はリク小説でございます。
タイトルはずばり、タイトル通り。
本当は成人の日にアップできればよかったのですが、私は成人式というものを知りません。
いや、来年嫌でも迎えるんですがね、正直騒ぐというイメージしかもてなくて……。
小説書くならそれぐらい調べろ、って感じですよね、本当スイマセン(汗
おかげで、小説に私の偏見と無知っぷりが存分に顕れてしまいました。
新年だっつーのに、文章は相変わらず脈絡はないし……。
正直、リク小説がこんな感じになってしまって申し訳ないです。
もっと勉強します。
まぁ、勉強=もっと小説を書くこと、なんですが……。
閑話休題。
さて、話が長くなってしまったのでそろそろ切り上げます。
かなりの拙文になってますが、読んでいただければ光栄です。
それでは~☆
『成人の日』
成人の日、ということで、綾崎ハヤテは屋敷の仕事を休んでいた。
執事に果たして祭日休暇があるのかと問いただしてみたいと思ったのだが、自分の仕える主は他の主とは一味も二味も違うのでまぁいいかと、ハヤテは考えるのをやめた。
どちらにせよ、折角頂いた休みなのだから、ゆっくりと家でのんびりしていよう。
そう思う。
「成人の日、かぁ……」
といってもやることなど特に無く、何の気もなしにテレビをつけてみると、成人式の様子がテレビで放送されていた。
袴姿や着物など、華やかに着飾った新成人の姿がそこにはあった。
テレビに映る彼らの姿を見て、隣で同じくテレビを見ていたヒナギクが言葉を発す。
「懐かしいわねぇ」
「そうだね」
数年前のこの日、ハヤテとヒナギクも新成人となった。
普段は着ない互いの晴れ姿に、頬を染めていたあの頃。
ヒナギクが二十歳の時にアイカが生まれ、もうあれから八年も経ったのかと、年月の流れる速さに少し驚きを覚えた。
「成人式?」
「そ、成人式」
「大人になったっていうお祝いみたいなものかな」
ハヤテの膝の上にちょこんと座っているアイカが、疑問を浮かべる。
自分の知らない言葉に興味を抱いたようだった。
『大人』という言葉を聞いて、アイカの瞳が輝く。
「大人の証……!」
「証って言うか、なんなんだろう?」
「いいんじゃない? ある意味証よ」
「へー……」
そうなんだ、と呟いてテレビを熱心に見始めるアイカに、二人は苦笑を浮かべた。
まだ幼いアイカにとって、『大人』とは憧れの存在なのだろう。
小さい頃に『早く大人になりたい』と願った自分たちはこんな表情を浮かべていたに違いない。
「ねえねえ、パパとママの成人式ってどんな感じだったの?」
「え?」
昔のことを思い出しながらテレビを見ていると、アイカがそんな質問をかけてきた。
アイカを見ると、興味津々といった様子で二人の方を見ている。
「パパとママも成人式に出たんだよね?」
「あー……まぁ一応」
「出たには……出たわよ」
「聞かせてっ」
口を濁しながら答えるハヤテとヒナギクに、間髪いれずにアイカが続きを求めた。
余程興味があるのだろう。
仕方ないな、とため息をついて、二人は語りだす。
「成人式っていっても、テレビのような感じじゃなかったわよ」
「あの時はね――――」
…
久しぶりの日本は、一月だというのに暖かかった。
外国とは違う懐かしい空気を胸いっぱいに吸いつつ、当時二十歳のハヤテと、十九歳のヒナギクは空港から屋敷の方へと出発した。
屋敷へ向かう途中、袴や着物を着た若者の姿を良く見かけ、今日が成人の日だったことを思い出した。
「そういえば今日は成人式だったなぁ」
「私はまだ十九だけどね」
「一応該当者じゃないか。でも、結局参加しないで終わったね」
二人とも今年の新成人だった。
しかし、帰国上の都合で成人式の方へは参加していない。
というか、今のいままで今日が成人式だということを忘れていた。
「う~ん、外国に居過ぎたせいかしら?」
「どうだろう? でも、勿体ないことしたかな? 人生で一度きりの日だったのに」
「そうね……まぁでも、別にいいんじゃないかしら?」
ヒナギクは苦笑して、それに、と言葉を続ける。
「久しぶりに皆に会えることの方が、私たちにとっては大事なことなんだし」
「……それもそうだね」
そう言ってにこり、と微笑むヒナギクに、ハヤテも表情を緩めた。
これから向かう屋敷では、懐かしい顔ぶれが並んでいるはずだ。
自分の主、兄弟、そして自分たちと同じ新成人である友人たち。
二年間という短い渡英だったが、懐かしさを覚えるには十分過ぎた時間だった。
「早く皆に会いたいな……」
「どんな風に変わっているのか楽しみだね」
それぞれが大人になった姿を楽しみにしながら、二人はどちらからと無く、互いの手を握った。
…
かつて自分が仕え、そしてまた仕えるであろう屋敷は、相変わらずの面積を誇っていた。
荘厳な門扉の前に立ち、二人はそれを見上げる。
「うわー……」
「なんというか、久しぶりに見るとまた違うな……」
ここは本当に日本なのだろうか? まだ自分たちは外国にいるのではないのか?
そんな疑問が頭に浮かんだ。
「と、とりあえず中に入れてもらおうかっ」
「そ、そうね」
何とか気を取り直し、近くにあったインターホンを押す。
少しの間が開き、懐かしい声が聞こえてきた。
『はい、どちら様ですか?』
「お久しぶりですマリアさん。 ハヤテです」
「桂です」
『あら! お帰りなさいハヤテ君、桂さん! 今門を開けますから、どうぞ中へ入ってください!』
対応がおばさんみたいだなぁと思ったことは、墓の中まで持っていこうと誓ったハヤテだった。
「改めましておかえりなさいお二人とも」
「ただいまですマリアさん」
「マリアさんもお変わりないようで」
「そうですか?」
迎えてくれたマリアは、相変わらずの美貌だった。
成人を向かえ、より大人っぽくなったその美しい姿に、ハヤテだけでなくヒナギクも視線を奪われる。
「さぁ、早くあがってください。皆お二人のことを待っていますよ」
機嫌の良いマリアに会場まで案内される。
相変わらず屋敷の中は掃除が行き届いていて、会場までの道は、埃一つなかったような気がした。
「ここです」
「ここですか……」
「懐かしいわね」
案内された部屋は、以前人気投票のパーティが行われていた会場だった。
もともと舞踏会などに使われていた部屋なので、妥当といえば妥当だろう。
「中で皆様が待ってますよ。どうぞお楽しみください」
「ありがとうございます」
二人はマリアに礼を言って、その扉を開けた。
中には、懐かしい人たちが待っている。
自分たちの帰りを祝うために。
まだ顔も見ていないのに、嬉しさと懐かしさがこみ上げてきた。
皆はどうなっているのだろうか?
身長が伸びたり、大人っぽくなったり、全然変わっていなかったり。
知らない間に付き合っていたりなんかもして。
扉が開く数秒間の間に、たくさんのことが浮かんでくる。
それだけ自分たちは、再会を心待ちにしているのだと実感した。
「ただいま、皆!」
「久しぶり―――」
長い長い数秒が過ぎ、ようやく中の様子が二人の双眸に映った。
『あっはっは!もっと飲めえ!!』
『無礼講じゃあ!無礼講じゃあ!』
『ちょ、皆さん落ち着いて!僕らはまだ未成年――』
『酒が足りないぞ―――!!もっと持ってこぉい!!』
『あ、こら!ナギまで……』
変わり果てていた。
「……あれ?」
「………は?」
「あ、あはは……すみません、二人とも」
呆然と立ち尽くす二人に、マリアが引きつった笑いを浮かべながら謝罪する。
「あの……始めはちゃんと皆さん、お二人のことを待っていたんですよ? でも、だんだん飽きてきたというか、暇になってきたというか……」
マリアの言いたいことが、二人にはよく分かった。
伊達に彼らと付き合ってきたわけではない。
要するに、待っているのも面倒になったから先に始めたということだろう。
「………相変わらずお察しのよい方ですね」
「伊達に付き合ってませんからね、美希たちとは」
「まぁ改めて考えてみると、そんなに我慢強い方たちではなかったですしね……」
ハヤテとヒナギクはそういって、苦笑交じりに眼前の彼らを見た。
容姿はやはり、昔と比べて大人っぽくなっている気がした。
身長が伸びていたり、髪が伸びていたり。
髪を巻いていたり、化粧をしていたり。
「ふ、ふふ……」
「どうしたの? ヒナギク」
「い、いや……結局皆は皆なんだなぁって……」
クスクスと可笑しそうに笑いながら紡がれたヒナギクの言葉に「あぁ、確かに」とハヤテは頷いた。
二年ぶりにあった彼らは、本当に昔と変わっていない。
二年前自分たちがこの場所にまだいた頃と、ほとんど変わらない。
それが可笑しくて嬉しくて、ハヤテもヒナギクにつられて笑ってしまった。
「マリアさん」
「あ…はい?」
「変わってないですね、皆」
「……お恥ずかしいことながら」
「いえ、いいんですよ」
「ええ。嬉しいことですから」
自分たちの帰国を祝ってくれるはずだったパーティを、主役抜きで始めようとも。蚊帳の外にされても、自然と怒りは湧いてこない。
「じゃあヒナギク、僕たちも混ざろうか」
「そうね。マリアさん、適当に飲み物持ってきていただけますか?」
「あ、はい。今お持ちします」
こみ上げてくるのは、懐かしさと嬉しさだけだった。
パタパタとマリアの足音が遠ざかっていったのを確認した二人は、ニコリと微笑みあう。
「ねえハヤテ」
「ん?」
「昔の私たちならさ、間違いなく美希たちを止める役だったじゃない?」
「……そうだね。僕なんてお嬢様の執事だし」
だんだんと喧騒が近づいてくる。
彼らは、彼女らは、こちらの存在に気が付いていない。
「でも、折角二年ぶりにあったわけじゃない? だからさ……」
「うん」
「私たちも、たまには止めてもらう側になってみない?」
「………なるほど。はは、ヒナギクも今日は思い切り飲むんだね」
「勿論よ。だって今日から成人なんだから」
「違いない」
ヒナギクの言葉にハヤテは笑って、そして半狂乱の渦中へと、突撃した。
…
「……それがパパたちの成人式?」
「うん、そうだよ」
「それと同時に、私たちがボケる側にいてはいけないことが二年ぶりに思い知らされた日でもあるわね」
話を聞き終えたアイカの問いに、それぞれが答える。
結局あのハヤテとヒナギクの帰国祝い兼祝成人パーティは、あの後収まりがつかなかった。
酔っ払った皆に『お帰り』の言葉とともにアルコールを頂いたハヤテとヒナギクも酔いつぶれ、あの会場にはマリア以外のツッコミ役が不在となった。
このことはつまり、カオス化を意味する。
皆が酔っ払い、狂乱の宴を繰り広げていた中に、まさかのハヤテとヒナギクも参戦したのだ。
流石のマリアも予想外だったらしく、あのパーティの後三日間ぐらい寝込んだ。
「あの時は久しぶりの日本ですっかり舞い上がってたからなぁ」
「お酒を飲むことにあれほど恐怖を覚えた時はなかったわ……」
当時のことを思い出し、二人の目がふっと遠くなった。
どうやら自分たちの失態(痴態といえなくもない)を思い出してしまったようだ。
「(若気の至り、ってああいうことを言うのかしら?)」
「(さ、さぁどうだろう?)」
「ははは……」
「? どうしたの?」
「いや……なんでもないんだよ、アイカ」
「ええ。ちょっと昔を思い出しただけだから……」
苦笑を浮かべているハヤテとヒナギクに「ふうん」とアイカは相槌を打つと、
「でも皆、今とそんな変わらないんだね」
「まぁね」
「ここまで変わらないものだったとは流石に思っていなかったけれど」
「? そうなの?」
成人という大人の世界に足を踏み入れてからもう八年。
娘が生まれた今、自分たちがどこか変わったかと聞かれても、素直に頷けない。
子供を養うだとか、家庭を持つだとか、働くだとか、大人になるという定義は、どこに存在しているのだろう。
二十歳を越えたから大人、という言葉は些か説得力に欠けると思う。
結局何歳になっても、大人というものは理解できないのかもしれない。
「でも、さ」
「ん?」
「大人になるってそういうものなのかしら?」
ヒナギクの言いたいことがきっとハヤテにも伝わったのだろう。
ヒナギクの顔を少し見た後、ハヤテは頷いた。
「……そうだね。きっとそういうものなんだと思うよ」
「? 何々? 私にも教えて―――」
「はは、アイカにはまだわからないよ」
「そうそう。大人になってからね」
「むぅ~……。いいもん、早く大人になってやるんだからぁ!」
「そんな簡単に、大人にはなれないわよ」
「そうだねぇ……」
「なるもんなるもん! パパとママみたいに!!」
「はは、それは楽しみだ」
「そうねぇ~。アイカが大人になったとこ見るの、私も楽しみになってきたわ」
「うぅぅぅぅぅ」
一人頬を膨らませたアイカに二人はくすり、と笑みを浮かべると、再びテレビに視線を戻す。
成人式はどうやら終わったらしく、会場を出た新成人たちがそれぞれ騒いでいた。
酒を飲んだり、大声で歌ったり、まるで路上がどこかの宴会会場になっているよう。
その光景を数年前の自分たちと重ねて、ハヤテとヒナギクは思った。
「「(アイカにはこんな風になって欲しくないなぁ)」」
アイカは自分たちのような大人になる、とは言っていたが、正直反面教師にしてほしい。
成人の日にバカ騒ぎして、他人に迷惑をかけるくらいなら、と。
「(大人しくしてれば良かったね、成人式)」
「(成人パーティみたいなものだったけれど……正直、過去に戻れたら、と思うわ……)」
「早く大人になりたいなぁ……」
相変わらず数年前のことを引っ張る二人など知らず、アイカの願望に近い言葉が耳に入る。
その度に二人は、過去の自分たちの行動に頭を抱えてしまうのだった。
二人が二人とも反省する、そんな珍しい成人の日のこと。
End
どうも皆様関ヶ原です。
予告通り更新です。
今回はフォレストの桜吹雪でお世話になっているイチ様からのリクエストで、あやさきけの初詣の話を書かせていただきました。
ぶっちゃけ、初詣がこれで良いのか?とか、内容こんなんでいいの?とか、そういった質問に自信満々に『大丈夫!』と言える自信が皆無です(苦笑)
まずタイトルからして何の捻りもありませんよね。
ただ付け足したみたいな感じになってしまいました。
ゴメンナサイ!
もっと勉強して、自信が持てるような小説を書けるよう頑張りますので、皆様も私の拙文にお付き合いくださいますようよろしくお願いしますm(__)m
それではどうぞ~☆
年明けの神社は、予想通りの大賑わいだった。
「うわぁ…人が一杯だ……」
「毎年こんなものでしょ」
「まぁでも、いつまでもなれないね、この人ごみは」
神社へ余分なスペースも無くぎっしりと詰め込まれた人ごみに飲まれないようにしながら、綾崎家の三人はやや大きめの声で話す。
「アイカ、ヒナギク、手を離さないように」
「了解」
「わかってるよー」
握られた手に力が込められ、三人は少しずつ足を前に運んでいった。
初詣に来た人々の、喧騒の中を。
『初詣とおみくじ』
「もう……どうしてこんなに人がいるんだよぅ……」
あまりの人の多さに、ほとんど進めず、アイカが弱った声を上げた。
綾崎家が近所の神社に初詣に来たのは午前九時を回った頃。
その時には神社は人、人、人で埋め尽くされていた。
「仕様がないのよ。アイカだって毎年経験してるじゃない」
「慣れないものはなれないんだよ……」
早く進まないかなぁ、と呟くアイカに、ハヤテとヒナギクは苦笑を浮かべる。
確かに新年早々、この人ごみの中にずっといるのはアイカにとっては辛いかもしれない。
携帯を開くと、現在の時刻は十時を回った所。
かれこれ一時間は並んでいたことになる。
「うう……帰りたい」
「もう少しなんだから、我慢しなさい」
「初詣が終わったら美味しいものでも食べに行こうか」
幸いといっていいものか分からないが、一時間前と比べて大分最前列に近づいてきた。
自分たちが参拝するまで、それほど時間がかかることもないだろう。
アイカもそのことが分かったのか、それともハヤテの言葉に心揺らされたのか、「もう少し我慢する……」と駄々を捏ねるのをやめた。
「ありがとう、アイカ」
「何食べたいか考えておきなさいね」
「うん。高いものでもいい?」
「大丈夫よ」
「だからもう少し我慢してね、アイカ」
ゆっくりと流れる人波に従いながら、綾崎家は前へと進む。
脇に並ぶ的屋から発せられる、たこ焼きやお好み焼きの匂いがとても香ばしい。
ちらり、と隣のアイカを見ると、的屋の食べ物をじろりと見ながら目を光らせていた。
「(アイカ、的屋の食べ物ほとんど頼みそうだよなぁ……)」
「(私もそれ思ったわ……)」
心で会話が成立するのは、おしどり夫婦の良い証拠。
…
少しばかりの時間が過ぎ、ようやく自分たちの順番が来た。
賽銭箱を前に、ハヤテはアイカに十円玉を渡す。
「おつかれアイカ。ほら、これをあの箱に入れて」
「うん。ありがとパパ」
「それじゃあお祈りしましょうか」
賽銭箱に賽銭を投じ、鈴を鳴らす。
2礼2拍の後に手を合わせ静かに目を閉じ、今年一年の祈願をする。
「(今年一年家内安全でありますよう…)」
「(パパ奪還、パパ奪還……)」
「(夫死守、夫死守……あと家内安全)」
持続させたいこと、昨年は達成できなかったこと、昨年も達成できたこと。
叶うよう、一念に祈る、祈る。
『………よし』
これで大丈夫、といえる程祈った三人は、一礼して踵を返した。
若干二名ほど不穏な祈願がされていたようだが、これで三人の参拝は終了だ。
ようやく終わったね、と安堵の息をつきながら出店が並んだ方向へ向かう途中で、ハヤテが何かに気が付く。
「ん?」
それは境内の端の方に位置する、おみくじだった。
近くの木の枝には、何十枚ものおみくじが結ばれている。
ふむ、とハヤテは少し考えてから、嬉々として先頭を歩いていたアイカに声をかけた。
「アイカ、おみくじがあるよ」
「んにゃ?」
「やらない?」
「………やる!」
数秒考えて、元気良くアイカは答えた。
おみくじを一枚買って、恐る恐るアイカはそれを開く。
「今年の運勢は……」
自分の運勢位はアイカにだって読める。
長方形の紙に書かれていた文字を、目で追う。
『大吉』
「やった!」
「やったね、アイカ」
書かれていた自分の運勢に、アイカの顔がぱぁっと明るくなった。
新年から都合が良い。
「へぇ~凄いじゃない、アイカ」
「えへへ、今年は私の年だね!」
「貸してみて?何て書いてあるか読んであげるよ」
はしゃぐアイカの手から大吉のおみくじを取り、ハヤテは内容を確認する。
「ええと……うん、健康も金運もかなり良いみたいだね」
「大吉だもんね!当然だよ!他には?」
「全体的に悪いものは何もないよ。後はそうだね……『願い事:幸運にむかい早くかなうでしょう』とか、『待ち人:来ます』だって」
『本当!?』
「本当本当。やったねアイカ。願い事叶うってさ」
「うん、やった!」
「良くないじゃない!」
笑顔のハヤテとアイカに対し、ヒナギクは非常に焦った様子。
「? どうしたのヒナギク」
「そうだよママ。私の願いごと……叶うんだよ?」
「アイカの願い事を叶えるわけにはいかないのよ……」
ヒナギクの言っていることが分からないと、ハヤテは不思議そうな表情を浮かべた。
そんなハヤテに、ヒナギクは気にしないでと視線で訴える。
「………?」
しっかりと思いが伝わってくれるのは有難い。
理解はしていないものの、とりあえずは了承してくれたハヤテにヒナギクは内心安堵する。
娘に夫を盗られるかもしれないと心配している妻が、どこにいるというのか。
とてもじゃないが、夫本人に言えない。言えるわけがない。
「良く分からないけど、あまり無茶しちゃだめだよ?ヒナギク」
「ありがとうハヤテ……。その台詞をそっくりそのまま誰かに言いたいけれど」
その誰かは自分のおみくじを握ったまま、上機嫌に鼻歌を歌っている。
「さて、そろそろ行こうか」
おみくじも買ったことだし、とハヤテが皆に声をかける。
初詣は一応終わったのだし、これ以上境内にいる必要も無いだろう。
「ええ、そうしましょうか」
「お腹すいたよー」
何故か落ち込んでいたヒナギクも今はいつものヒナギクに戻っている。
二人ともハヤテの意見には賛成のようで、三人は境内を出た。
「お腹空いた、か……。」
「アイカ、何か出店で買っていこうか?」
行きはゆっくり行かざるを得なかったが、帰りの道は敢えてゆっくりとした足取りで歩く。
様々な出店が立ち並ぶ中、アイカの目は光りっぱなしだ。
「うーんとね、ママ、パパ……」
「ん?」
「どうしたのアイカ?」
出店から目を離すことなく、アイカはハヤテとヒナギクに次の言葉を続けた。
「全部食べたいんだけど……駄目、かな?」
『………………』
遠慮がちに、でも期待が込められた瞳に見つめられ、ハヤテとヒナギクは、
『………ぶはっ!』
噴出した。
「え!? どうしてそこで笑うの!?」
『い、いや………』
びっくり顔のアイカを見て、さらに笑いがこみ上げてくるハヤテとヒナギク。
いや、まさか、本当に。
想像していた通りのことを言う我が子に向けて、心の中で親指を立てた。
「だ、駄目なんだ!やっぱり!」
「いやいや……」
「食べれるなら、好きなだけ頼んでいいわよ」
こんなに面白い娘の頼みを誰が断れようか。
たくさんの食べ物に囲まれ、どれを食べようか迷っているアイカの姿を想像し、再び笑いが出そうになった。
「やったやった!じゃあ行こう!今すぐ行こう!」
「そんなに急がなくてもお店は逃げないよ~」
「逸れないようにちゃんと手を繋ぎなさいよ!」
聞いているのか聞いていないのか分からないアイカにそれぞれの手を引っ張られながら、ハヤテとヒナギクは、人が込み合う出店の方へと向かっていった。
家族三人で来た初詣。
ハヤテとヒナギクが自分のおみくじを引いていないと気づいたのは、アイカが最後の焼きそばを注文している時のことだった。
End
予告通り更新です。
今回はフォレストの桜吹雪でお世話になっているイチ様からのリクエストで、あやさきけの初詣の話を書かせていただきました。
ぶっちゃけ、初詣がこれで良いのか?とか、内容こんなんでいいの?とか、そういった質問に自信満々に『大丈夫!』と言える自信が皆無です(苦笑)
まずタイトルからして何の捻りもありませんよね。
ただ付け足したみたいな感じになってしまいました。
ゴメンナサイ!
もっと勉強して、自信が持てるような小説を書けるよう頑張りますので、皆様も私の拙文にお付き合いくださいますようよろしくお願いしますm(__)m
それではどうぞ~☆
年明けの神社は、予想通りの大賑わいだった。
「うわぁ…人が一杯だ……」
「毎年こんなものでしょ」
「まぁでも、いつまでもなれないね、この人ごみは」
神社へ余分なスペースも無くぎっしりと詰め込まれた人ごみに飲まれないようにしながら、綾崎家の三人はやや大きめの声で話す。
「アイカ、ヒナギク、手を離さないように」
「了解」
「わかってるよー」
握られた手に力が込められ、三人は少しずつ足を前に運んでいった。
初詣に来た人々の、喧騒の中を。
『初詣とおみくじ』
「もう……どうしてこんなに人がいるんだよぅ……」
あまりの人の多さに、ほとんど進めず、アイカが弱った声を上げた。
綾崎家が近所の神社に初詣に来たのは午前九時を回った頃。
その時には神社は人、人、人で埋め尽くされていた。
「仕様がないのよ。アイカだって毎年経験してるじゃない」
「慣れないものはなれないんだよ……」
早く進まないかなぁ、と呟くアイカに、ハヤテとヒナギクは苦笑を浮かべる。
確かに新年早々、この人ごみの中にずっといるのはアイカにとっては辛いかもしれない。
携帯を開くと、現在の時刻は十時を回った所。
かれこれ一時間は並んでいたことになる。
「うう……帰りたい」
「もう少しなんだから、我慢しなさい」
「初詣が終わったら美味しいものでも食べに行こうか」
幸いといっていいものか分からないが、一時間前と比べて大分最前列に近づいてきた。
自分たちが参拝するまで、それほど時間がかかることもないだろう。
アイカもそのことが分かったのか、それともハヤテの言葉に心揺らされたのか、「もう少し我慢する……」と駄々を捏ねるのをやめた。
「ありがとう、アイカ」
「何食べたいか考えておきなさいね」
「うん。高いものでもいい?」
「大丈夫よ」
「だからもう少し我慢してね、アイカ」
ゆっくりと流れる人波に従いながら、綾崎家は前へと進む。
脇に並ぶ的屋から発せられる、たこ焼きやお好み焼きの匂いがとても香ばしい。
ちらり、と隣のアイカを見ると、的屋の食べ物をじろりと見ながら目を光らせていた。
「(アイカ、的屋の食べ物ほとんど頼みそうだよなぁ……)」
「(私もそれ思ったわ……)」
心で会話が成立するのは、おしどり夫婦の良い証拠。
…
少しばかりの時間が過ぎ、ようやく自分たちの順番が来た。
賽銭箱を前に、ハヤテはアイカに十円玉を渡す。
「おつかれアイカ。ほら、これをあの箱に入れて」
「うん。ありがとパパ」
「それじゃあお祈りしましょうか」
賽銭箱に賽銭を投じ、鈴を鳴らす。
2礼2拍の後に手を合わせ静かに目を閉じ、今年一年の祈願をする。
「(今年一年家内安全でありますよう…)」
「(パパ奪還、パパ奪還……)」
「(夫死守、夫死守……あと家内安全)」
持続させたいこと、昨年は達成できなかったこと、昨年も達成できたこと。
叶うよう、一念に祈る、祈る。
『………よし』
これで大丈夫、といえる程祈った三人は、一礼して踵を返した。
若干二名ほど不穏な祈願がされていたようだが、これで三人の参拝は終了だ。
ようやく終わったね、と安堵の息をつきながら出店が並んだ方向へ向かう途中で、ハヤテが何かに気が付く。
「ん?」
それは境内の端の方に位置する、おみくじだった。
近くの木の枝には、何十枚ものおみくじが結ばれている。
ふむ、とハヤテは少し考えてから、嬉々として先頭を歩いていたアイカに声をかけた。
「アイカ、おみくじがあるよ」
「んにゃ?」
「やらない?」
「………やる!」
数秒考えて、元気良くアイカは答えた。
おみくじを一枚買って、恐る恐るアイカはそれを開く。
「今年の運勢は……」
自分の運勢位はアイカにだって読める。
長方形の紙に書かれていた文字を、目で追う。
『大吉』
「やった!」
「やったね、アイカ」
書かれていた自分の運勢に、アイカの顔がぱぁっと明るくなった。
新年から都合が良い。
「へぇ~凄いじゃない、アイカ」
「えへへ、今年は私の年だね!」
「貸してみて?何て書いてあるか読んであげるよ」
はしゃぐアイカの手から大吉のおみくじを取り、ハヤテは内容を確認する。
「ええと……うん、健康も金運もかなり良いみたいだね」
「大吉だもんね!当然だよ!他には?」
「全体的に悪いものは何もないよ。後はそうだね……『願い事:幸運にむかい早くかなうでしょう』とか、『待ち人:来ます』だって」
『本当!?』
「本当本当。やったねアイカ。願い事叶うってさ」
「うん、やった!」
「良くないじゃない!」
笑顔のハヤテとアイカに対し、ヒナギクは非常に焦った様子。
「? どうしたのヒナギク」
「そうだよママ。私の願いごと……叶うんだよ?」
「アイカの願い事を叶えるわけにはいかないのよ……」
ヒナギクの言っていることが分からないと、ハヤテは不思議そうな表情を浮かべた。
そんなハヤテに、ヒナギクは気にしないでと視線で訴える。
「………?」
しっかりと思いが伝わってくれるのは有難い。
理解はしていないものの、とりあえずは了承してくれたハヤテにヒナギクは内心安堵する。
娘に夫を盗られるかもしれないと心配している妻が、どこにいるというのか。
とてもじゃないが、夫本人に言えない。言えるわけがない。
「良く分からないけど、あまり無茶しちゃだめだよ?ヒナギク」
「ありがとうハヤテ……。その台詞をそっくりそのまま誰かに言いたいけれど」
その誰かは自分のおみくじを握ったまま、上機嫌に鼻歌を歌っている。
「さて、そろそろ行こうか」
おみくじも買ったことだし、とハヤテが皆に声をかける。
初詣は一応終わったのだし、これ以上境内にいる必要も無いだろう。
「ええ、そうしましょうか」
「お腹すいたよー」
何故か落ち込んでいたヒナギクも今はいつものヒナギクに戻っている。
二人ともハヤテの意見には賛成のようで、三人は境内を出た。
「お腹空いた、か……。」
「アイカ、何か出店で買っていこうか?」
行きはゆっくり行かざるを得なかったが、帰りの道は敢えてゆっくりとした足取りで歩く。
様々な出店が立ち並ぶ中、アイカの目は光りっぱなしだ。
「うーんとね、ママ、パパ……」
「ん?」
「どうしたのアイカ?」
出店から目を離すことなく、アイカはハヤテとヒナギクに次の言葉を続けた。
「全部食べたいんだけど……駄目、かな?」
『………………』
遠慮がちに、でも期待が込められた瞳に見つめられ、ハヤテとヒナギクは、
『………ぶはっ!』
噴出した。
「え!? どうしてそこで笑うの!?」
『い、いや………』
びっくり顔のアイカを見て、さらに笑いがこみ上げてくるハヤテとヒナギク。
いや、まさか、本当に。
想像していた通りのことを言う我が子に向けて、心の中で親指を立てた。
「だ、駄目なんだ!やっぱり!」
「いやいや……」
「食べれるなら、好きなだけ頼んでいいわよ」
こんなに面白い娘の頼みを誰が断れようか。
たくさんの食べ物に囲まれ、どれを食べようか迷っているアイカの姿を想像し、再び笑いが出そうになった。
「やったやった!じゃあ行こう!今すぐ行こう!」
「そんなに急がなくてもお店は逃げないよ~」
「逸れないようにちゃんと手を繋ぎなさいよ!」
聞いているのか聞いていないのか分からないアイカにそれぞれの手を引っ張られながら、ハヤテとヒナギクは、人が込み合う出店の方へと向かっていった。
家族三人で来た初詣。
ハヤテとヒナギクが自分のおみくじを引いていないと気づいたのは、アイカが最後の焼きそばを注文している時のことだった。
End
どうも皆様あけおめことよろ、関ヶ原です。
一年の計は元旦にあり。というわけで、今年最初の小説です。
今年最初の小説はあやさきけにしました。
結構ばらばらな時間軸も、少しずつ修正しながら今年は書いていきたいな。
なんというか、色々と書き方を変えながら書いていますので変な感じになってしまったかもしれません。
元旦に書けたという事で自身では満足です。
今年もあやさきけとアイカちゃんをよろしくお願いしますm(__)m
ではどうぞ~☆
「一年の計は元旦にあり、だよ!」
新年、明けましておめでとうございます。
我が愛する娘の新年の第一声が、そんな基本的で普遍的な挨拶ではないのは毎年のことで、それは今年も変わることはないようだった。
『新年』
初売りのチラシを見ていた僕は、娘――アイカの言葉を聞いて、傍らで同じくチラシを見ていた妻に視線をやる。
妻であるヒナギクは僕の視線に気づいたようで、「いつものことじゃない」と苦笑を浮かべながら答えて、再びチラシに集中し始めた。
「うーん……」
「一年の計は元旦にあり、だよ!」
「分かってるよ、アイカ……」
僕たちが話を聞いていないと勘違いしたのか、アイカが冒頭と同じ台詞を口にした。
『一年の計は元旦にあり』、か……。
意味は言葉の如く。要は、目標を立てるなら元旦に立てたほうが何かと都合が良いということだ。
新年の第一声が『目標を立てよう』という非常に向上心溢れた言葉なのは、親として誇るべきなのか。
個人的には『明けましておめでとう』という言葉がほしかったりする。
閑話休題。
とりあえずヒナギクもアイカの言葉は聞いているようで、僕たちは新年早々、娘の一声で目標を立てることになった。
ご丁寧にも習字道具一式を用意し、家族仲良く目標を書初めをする僕たちは、一般的にはどうなのだろうか、と思わなくもない。
そんなことを思いつつ、僕は筆を構える。
「目標……といっても、毎年立てる目標は同じなんだよな……」
息を止め、さらさらっと筆を動かし書かれた僕の半紙には、当たり障りのない字で『家内安全』とある。
家族の一年の幸福と健康を祈るこの目標は毎年同じだ。
「え?ハヤテ今年も目標それなの?」
書初めの出来に結構満足している僕に、ヒナギクが声を掛けてきた。
僕の書初めに視線を向けながら、呆れたような表情を浮かべている。
毎年変わらない僕の目標に、流石に飽きを感じたのだろう。
「今年くらい、他の目標立ててみたら?」
「いいんだよ、僕は」
でも、そんなヒナギクに僕は答える。
「ヒナギクとアイカを幸せにすることが、僕の目標だからね」
「………もう幸せなのに。バカ……」
僕の言葉に頬を染めたヒナギク。
うん。どうやら今年も、僕の妻は凄く可愛い。
そんなことを考えながら、僕はヒナギクの半紙をのぞき見た。
「そういうヒナギクこそ、今年の目標は何にしたんだよ?」
「あ、ちょっと!」
「えーと、何々……?」
驚いた声を出すが、隠そうとはしないヒナギクの半紙。
なので僕はじっくり見ることにする。
僕とは違い、遥かに達筆な文字が筆によって書かれていた。いや、描かれていた。
字が上手だと、何故だろう。
不思議なことに、そんな目標でも偉大で立派なものに見えてくる。
『二人目』
立派過ぎて言葉が出なかった。
「………………」
「頑張ろうね、ハヤテ♪」
「あぁもう!可愛いな全くもう!!」
「ねーママ?どういう意味?」
「家族って意味よ」
「遠まわしすぎて伝わんないよヒナギク……」
伝わらなくてもいいけども。アイカにはまだ早い。
そして出来る限り頑張ろう、と思った。
「さぁアイカ。貴女の目標も私たちに見せなさい」
「へっへー。今年の私は一味違うよ?ママ」
「あら、言うじゃない」
「もう三年生だからね。大人だからね」
気を取り直して、新年も主役、アイカの目標の登場。
ヒナギクに促され、手元の半紙を何故か誇らしげに広げる娘の姿はなんとも微笑ましいものだ。
幼く拙いながらも、その目標を絶対に達成しようとせんかのように力強さが溢れる文字だった。
『略奪』
「誰からよ!誰から何を略奪するのよ!?」
「えっ……そ、そんなママったら……分かってるくせに」
「私かぁぁぁぁぁ!!」
「というかアイカ、よく略奪っていう言葉が書けたね……」
一人騒がしい愛する妻はひとまず置いておいて、涼しい顔をしているアイカに僕は尋ねる。
『略奪』なんて物騒な言葉、小学校低学年の女の子は普通分からない。
「美希姉ちゃんに教えてもらって、ずっと書く練習してたの」
そんな僕の疑問は、アイカの返答ですっかり消え去った。
なるほど確かに。彼女ならアイカにこの言葉を教えかねない。
「で、書けるようになったから今年の目標にしたんだよ!」
「うんうんなるほど。アイカは頑張ったね~」
逆ベクトルに、だが。
だがしかし。
「上手に書けたでしょ!?」
「うん。凄く上手だよ。ヒナギクもそう思ってるよ」
「本当!?えへへ……良かったぁ」
この嬉しそうな笑顔を前に、そんなこの子の努力を否定するような言葉は言えない。
言う気もないので、ヒナギクが危機感を抱くようなこの子の特性は、例年と同じように少しずつ二人で改善へと導いていこう。
そう、書初めに書いた言葉とは別の目標を心の中で立てながら。
「………今年も騒がしい一年になりそうだなぁ」
迎えた新年。
綾崎家の楽しい一年は、妻と娘の喧騒を合図にするかのように始まったのだった。
明けましておめでとう。今年もよろしく。
End
一年の計は元旦にあり。というわけで、今年最初の小説です。
今年最初の小説はあやさきけにしました。
結構ばらばらな時間軸も、少しずつ修正しながら今年は書いていきたいな。
なんというか、色々と書き方を変えながら書いていますので変な感じになってしまったかもしれません。
元旦に書けたという事で自身では満足です。
今年もあやさきけとアイカちゃんをよろしくお願いしますm(__)m
ではどうぞ~☆
「一年の計は元旦にあり、だよ!」
新年、明けましておめでとうございます。
我が愛する娘の新年の第一声が、そんな基本的で普遍的な挨拶ではないのは毎年のことで、それは今年も変わることはないようだった。
『新年』
初売りのチラシを見ていた僕は、娘――アイカの言葉を聞いて、傍らで同じくチラシを見ていた妻に視線をやる。
妻であるヒナギクは僕の視線に気づいたようで、「いつものことじゃない」と苦笑を浮かべながら答えて、再びチラシに集中し始めた。
「うーん……」
「一年の計は元旦にあり、だよ!」
「分かってるよ、アイカ……」
僕たちが話を聞いていないと勘違いしたのか、アイカが冒頭と同じ台詞を口にした。
『一年の計は元旦にあり』、か……。
意味は言葉の如く。要は、目標を立てるなら元旦に立てたほうが何かと都合が良いということだ。
新年の第一声が『目標を立てよう』という非常に向上心溢れた言葉なのは、親として誇るべきなのか。
個人的には『明けましておめでとう』という言葉がほしかったりする。
閑話休題。
とりあえずヒナギクもアイカの言葉は聞いているようで、僕たちは新年早々、娘の一声で目標を立てることになった。
ご丁寧にも習字道具一式を用意し、家族仲良く目標を書初めをする僕たちは、一般的にはどうなのだろうか、と思わなくもない。
そんなことを思いつつ、僕は筆を構える。
「目標……といっても、毎年立てる目標は同じなんだよな……」
息を止め、さらさらっと筆を動かし書かれた僕の半紙には、当たり障りのない字で『家内安全』とある。
家族の一年の幸福と健康を祈るこの目標は毎年同じだ。
「え?ハヤテ今年も目標それなの?」
書初めの出来に結構満足している僕に、ヒナギクが声を掛けてきた。
僕の書初めに視線を向けながら、呆れたような表情を浮かべている。
毎年変わらない僕の目標に、流石に飽きを感じたのだろう。
「今年くらい、他の目標立ててみたら?」
「いいんだよ、僕は」
でも、そんなヒナギクに僕は答える。
「ヒナギクとアイカを幸せにすることが、僕の目標だからね」
「………もう幸せなのに。バカ……」
僕の言葉に頬を染めたヒナギク。
うん。どうやら今年も、僕の妻は凄く可愛い。
そんなことを考えながら、僕はヒナギクの半紙をのぞき見た。
「そういうヒナギクこそ、今年の目標は何にしたんだよ?」
「あ、ちょっと!」
「えーと、何々……?」
驚いた声を出すが、隠そうとはしないヒナギクの半紙。
なので僕はじっくり見ることにする。
僕とは違い、遥かに達筆な文字が筆によって書かれていた。いや、描かれていた。
字が上手だと、何故だろう。
不思議なことに、そんな目標でも偉大で立派なものに見えてくる。
『二人目』
立派過ぎて言葉が出なかった。
「………………」
「頑張ろうね、ハヤテ♪」
「あぁもう!可愛いな全くもう!!」
「ねーママ?どういう意味?」
「家族って意味よ」
「遠まわしすぎて伝わんないよヒナギク……」
伝わらなくてもいいけども。アイカにはまだ早い。
そして出来る限り頑張ろう、と思った。
「さぁアイカ。貴女の目標も私たちに見せなさい」
「へっへー。今年の私は一味違うよ?ママ」
「あら、言うじゃない」
「もう三年生だからね。大人だからね」
気を取り直して、新年も主役、アイカの目標の登場。
ヒナギクに促され、手元の半紙を何故か誇らしげに広げる娘の姿はなんとも微笑ましいものだ。
幼く拙いながらも、その目標を絶対に達成しようとせんかのように力強さが溢れる文字だった。
『略奪』
「誰からよ!誰から何を略奪するのよ!?」
「えっ……そ、そんなママったら……分かってるくせに」
「私かぁぁぁぁぁ!!」
「というかアイカ、よく略奪っていう言葉が書けたね……」
一人騒がしい愛する妻はひとまず置いておいて、涼しい顔をしているアイカに僕は尋ねる。
『略奪』なんて物騒な言葉、小学校低学年の女の子は普通分からない。
「美希姉ちゃんに教えてもらって、ずっと書く練習してたの」
そんな僕の疑問は、アイカの返答ですっかり消え去った。
なるほど確かに。彼女ならアイカにこの言葉を教えかねない。
「で、書けるようになったから今年の目標にしたんだよ!」
「うんうんなるほど。アイカは頑張ったね~」
逆ベクトルに、だが。
だがしかし。
「上手に書けたでしょ!?」
「うん。凄く上手だよ。ヒナギクもそう思ってるよ」
「本当!?えへへ……良かったぁ」
この嬉しそうな笑顔を前に、そんなこの子の努力を否定するような言葉は言えない。
言う気もないので、ヒナギクが危機感を抱くようなこの子の特性は、例年と同じように少しずつ二人で改善へと導いていこう。
そう、書初めに書いた言葉とは別の目標を心の中で立てながら。
「………今年も騒がしい一年になりそうだなぁ」
迎えた新年。
綾崎家の楽しい一年は、妻と娘の喧騒を合図にするかのように始まったのだった。
明けましておめでとう。今年もよろしく。
End
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